理研の使命は、優れた研究成果を生み出すこと、それを社会に還元し、さらに人類の存続に貢献することです
科学知に基づく技術は、文明社会の礎です。実際、先人たちのたゆまぬ努力が生みだした科学技術は、20世紀の間に先進国の平均寿命を45歳から80歳にまで伸ばしました。近代的農業によって食糧も確保され、現在、苦労しながらも世界中で68億人以上が暮しています。日常生活も大きく変わり、人びとは単純労働から解放され、生活に余暇ができました。通信技術の発達により、地球の裏側どころか遥か外からでも直接会話することができるようになりました。これほど力強い近代文明ですが、科学技術には、現世代の欲望を満たすためではなく、未来世代が豊かな社会に暮すためにあるという視点が不可欠です。
ヨハネスブルグ・サミットで、当時のコフィ・アナン国連事務総長は、WEHAB + P、すなわち水(Water)、エネルギー(Energy)、健康(Health)、農業(Agriculture)、生物多様性(Biodiversity)そして貧困(Poverty)こそ、現在から近未来における人類が解決すべき最優先課題であると総括しました。環境は、いうまでもなく、これらの要素全てを含むものです。
私たちは、地球という有限の枠組みの中で人類が生存し続けるために、この問題解決に真剣に取り組まなくてはなりません。
理化学研究所(理研)は、1917年3月に日本で初めての民間研究所として設立されました。様々な組織形態を経ながら、長年にわたって自然科学の総合研究所として、わが国における研究推進の中心的役割を担ってきました。現在は、物理学、化学、生物学、医科学から工学に及ぶ幅広い分野で最先端の研究を進めています。
人類が直面する課題の軽減、そして解決に、科学とそれに基づく技術が不可欠だと信じますが、残された時間は多くはありません。理研は、個人の力を超える組織的な研究活動を行う必要があります。優れた研究者が紡ぎだす個人知を理研知に統合し、さらに社会知へつないでいくことが重要であると考えます。
その一方、研究活動そのものが多大の資源を消費していることも事実です。科学技術を支える大型研究施設などにおいては、家庭など一般社会より圧倒的に多くの水やエネルギーを使用しています。理研が大型研究施設の運転の効率化や高度化を進め、資源の有効利用に取り組むことは当然です。さらに職員の意識改革とともに、研究のさまざまな段階における環境負荷の軽減に、不断の努力を重ね続けたいと思います。
本書では、私たちの研究活動の一端と、環境負荷の低減対策を報告します。理研が人類社会にとって、かけがえのない存在になるために、忌憚のないご意見をお聞かせいただければ幸いです。
理事長 野依 良治