特集2010

特集2010 地球と人類を、豊かな未来へつなぐ技術を目指して ?バイオマス工学研究開発プログラムの概要

 現在の私たちの生活は、石油を中心とする化石資源をエネルギー源や製品の原料として利用しています。しかし、化石資源は限られた量しか埋蔵されておらず、世界中の人々が今と同じか、それ以上のペースで使い続ければ、いずれは使い切ってしまうことになります。それは、今の私たちの生活が実質的に維持できなくなることを意味します。
 それだけでなく、化石資源である石油や石炭は、燃やすと二酸化炭素が放出されます。地中にあった化石資源を急激にたくさん使うことによって、この100年ほどのあいだに大気中のCO2はとても増加してきました。また並行して、地球の温暖化も進行し、大規模な干ばつや食糧不足が起きています。地球と私たち人類がかかえるこの大きな問題は、今までの社会のあり方を続けたのでは解決に向かいません。新しい技術を創り出し、社会の仕組みを変えていくことが必要です。その有力な技術の一つと期待されるのが、生物由来の物質であるバイオマスを資源として活用し、燃料といったエネルギー源やプラスチック材料のもととなる原料を作り出すバイオマス工学です。
 バイオマス工学とはどのようなものか、理化学研究所が取り組んでいるバイオマス工学研究プログラム(BMEP:Biomass Engineering Program)について紹介します。

植物を利用して地球にやさしいプラスチックをつくる

  植物は、大気中の二酸化炭素や水を材料に、太陽のエネルギーを利用して、糖や脂質、セルロースなど、さまざまなバイオマスを作り出します。このバイオマスを用いて、エタノールなどの燃料やプラスチックの原料を創る研究が世界で注目されています。エタノールなどの燃料やプラスチックの原料を創る研究に当たって理研が欠かせないと考えるのが植物と微生物です。ある種の微生物は、炭素源を体内にポリマー(高分子物質)の形で蓄積することができます。つまりこの微生物は、糖をバイオプラスチックに変換する能力を持っていると言えます。また植物が、ジャガイモなどのデンプン等を蓄積する機能に、微生物が作るポリマーを蓄積する能力を持たせることで、直接、植物がバイオプラスチックを作り出すことも可能です。このように植物や微生物の力を活用して、バイオマスの増産から、地球にやさしいバイオプラスチックを最終製品として生産する技術に貢献する研究を行おうという戦略を掲げ、理研は難しい研究に挑んでいます。

 ところで、バイオプラスチックの長所は何でしょうか?バイオプラスチックは、化石資源を利用したプラスチックと異なり、燃やしても地上のCO2の総量を増やさない点です。なぜなら、その原料である糖やセルロースは、植物によって、もともと地上に存在するCO2を利用して生産したものだからです。バイオプラスチックの生産量を増やせば、それだけ化石燃料由来のプラスチックの使用量を削減できます。これは温室効果ガスであるCO2の削減にもつながり、地球温暖化を抑制できます。このようにCO2を資源として活用する研究こそが、新たな技術革新(グリーン・イノベーション)につながるのです。

消費型社会から持続型社会への転換

植物の持つ機能を強化した“スーパー樹木”の開発へ

 目標を達成するためには、何をすればよいでしょうか。まずは、バイオプラスチックの原料となるバイオマスを増産する必要があります。バイオマスをたくさん含んでいる植物は樹木です。樹木の成長には時間がかかります。樹木の成長を早くしたり、砂漠などの乾燥地で育つようにしたり、樹木が伐採された後にセルロースの分解が促進されるようにしたり(易分解性)、植物の持つ機能を最大限活かし、強化した“スーパー樹木”を開発することで、バイオマスの生産量を上げることができます。

 また、樹木の主要成分であるセルロースを効率的に分解する研究も大切です。樹木は、主にセルロース、ヘミセルロースと呼ばれる多糖((C6H12O6)n)と、リグニンと呼ばれる化合物で構成されています。セルロースを分解する酵素がセルラーゼです。セルラーゼは糸状菌と呼ばれる微生物等によって生産されます。このセルラーゼの生産機能を高めた菌の開発や、セルラーゼが働きやすくして分解効率を高める研究は進んでいますが、セルラーゼがセルロースを分解するメカニズムを理解し、その理解に基づきセルラーゼそのものの分解効率を上げる研究は、まだこれからです。

 さらに、樹木(セルロース)を食べ、お腹の中に住む微生物で分解するのがシロアリです。シロアリの腸内に生息する微生物は、セルロースを効率的に分解する酵素を持っています。この酵素を詳しく調べて、人工的に合成しようと試みています。また、酵素の働きだけでなく、うまく分解する仕組みが解明できれば、セルロースの分解効率を飛躍的に上げることができます。

 バイオマスを上手に利用する工夫も必要です。例えば、バイオプラスチックの生産までを継ぎ目なく連携する技術の開発が求められます。また、バイオマスを原料として作ったバイオプラスチックは、石油を原料としたプラスチックに比べ強度が弱いなど克服すべき課題がたくさんあります。穀物などから作られるポリ乳酸は、機能を高める研究が進み、石油原料由来のプラスチックに代わり、フィルムやシート、包装容器、自動車内装部品に活用されています。

 理研が研究を続けてきた微生物から作られるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を原料としたバイオプラスチックは、強度を高める研究を進め、包装容器や繊維など実用的に使われるまで、あと一歩の所まで来ています。また、ポリ乳酸やPHA以外にも、バイオマスを原料とした新しいバイオプラスチック素材の探求に向けた研究も行っています。

連携によって二酸化炭素の資源化に挑戦

 バイオマス工学研究プログラム(BMEP)では、以上の方向性を持った研究を進めるため、3つの戦略を掲げています。

  1. 植物の機能強化による「高生産性・易分解性を備えたスーパー植物」の開発
  2. バイオテクノロジーを活用した化学製品原料の効率的な「一気通貫合成技術」の確立
  3. ポリ乳酸に並び立つ「新たなバイオプラスチック」の探求

 これらの戦略目標を達成するために、二つの研究グループのもと研究を進めています。ひとつが、植物の能力を高め、バイオマスの生産に関わる研究を行うバイオマス生産研究グループです。もうひとつが、バイオマスを分解やバイオプラスチックを合成する酵素、バイオプラスチックそのものを研究するバイオマス利活用研究グループです。

 それぞれの研究グループを担当する研究チームをご紹介しましょう。まずはバイオマス生産研究グループです。

セルロース生産研究チーム
国内外の研究機関と連携し、アジア地域で広く自生しているポプラやユーカリを対象に、セルロースなどの木質バイオマスの量的・質的な生産を向上させたスーパー樹木の開発を目指しています。
合成ゲノミクス研究チーム
ゲノム情報から有用な遺伝子を探し出して、バイオプラスチックを加工、合成するための代謝経路をコンピュータで設計します。その遺伝子を植物に導入することで新機能を持つ植物を創り出す研究を行っています。
バイオマス研究基盤チーム
植物や微生物のリソース(体系化された情報データベース)やゲノム情報などの基盤を整備します。また、バイオマス研究の新しいモデル植物であるブラキポディウムのゲノム解析を行います。

 次に、バイオマス利活用研究グループを担当するチームです。

酵素研究チーム
セルロースを分解する酵素セルラーゼや、生物がつくるポリマーを合成する酵素の構造や機能を解明します。そのデータをもとに、バイオプラスチックの原料となる古紙の分解や、バイオプラスチックの製造に役立つスーパー酵素を創出しようと挑んでいます。
バイオプラスチック研究チーム
PHAから創り出されるバイオプラスチックの性質を高める研究を企業ともに進めるとともに、新たなバイオプラスチックを創る技術を開発しています。

バイオマス工学研究プログラム組織図

 このように、バイオマス生産、利活用を行う研究には、さまざまな分野の深い知見が必要ですが、理研にはそうしたバイオマス研究の高いポテンシャルがすでに存在しています。これら理研内にある研究を連携させて、これまで蓄積してきた研究成果を結びつけ発展させ、二酸化炭素の資源化を目指すのが「バイオマス工学研究プログラム」です

 これまで理研では個々の研究者の成果を「個人知」とし、それを組織内で融合して生み出した「理研知」をもとにして研究を展開してきました。2010年4月に発足した「社会知創成事業」では、理研知を外部の研究機関、大学、企業、海外と連携させ、より社会に貢献するための「社会知」を生み出すことを目的としています。

 「社会知」を生み出す研究を進めるためには、基礎研究とは視点を変える必要があります。基礎研究では「解析し理解する」ことが重要です。しかしながら、研究成果の社会への還元を目指すためには「設計し創る」ことが求められます。目標や戦略の具体的な設定が必要であるとともに、国内外の外部の研究機関や企業、大学との連携が欠かせません。

 例えば、バイオマス生産からバイオプラスチックの製造までを一気通貫で継ぎ目なく行う技術の獲得が戦略のひとつですが、研究機関だけでなく、製品の製造についてはメーカーなど企業の視点と協力が不可欠です。理研内外の知見や情報交流を通じて、これまでにない新しい領域を切りき、地球と私たちが豊かに、より長く生存できる「持続型社会」への転換に向け、理研は新たなチャレンジをしていきます。

 それでは、バイオマス工学研究プログラムの具体的な研究内容を、2つの研究チームからご紹介します。