特集2010

微生物の力を借り、リサイクル可能なバイオプラスチックの創出を目指す

バイオマス生産研究グループ バイオプラスチック研究チーム チームリーダー     阿部 英喜氏

バイオマス生産研究グループ バイオプラスチック研究チーム チームリーダー     阿部 英喜氏

バイオマス利活用研究グループに属するバイオプラスチック研究チームでは、バイオマスをベースにプラスチック材料を作ることを進めています。詳しくは、次に挙げる3つのテーマを重点に取り組んでいます。

  1. 微生物のつくるバイオマスポリマー/モノマーの高性能化、高機能化
  2. 新たなバイオプラスチックの開発
  3. 高効率な高分子分解系の確立

各テーマの具体的な研究内容、BMEPを通じて期待される相乗効果について、阿部英喜チームリーダーに話しをうかがいました。阿部チームリーダーはこれまで、微生物が蓄積するポリマー(高分子物質)の性能・機能を最大化させる研究を続けてきました。

―生物の中で、どのようにプラスチックが合成されるのですか。

阿部 そもそもバクテリアや酵母といった微生物の中には、糖や植物油を餌(原材料)にして、炭素源の貯蔵物質を菌体内で作る種類が存在します。こうして作られる物質のひとつが、多数のヒドロキシアルカン酸が鎖のように結合してできたバイオポリエステル「ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)」です。
 生命活動に炭素源が欠かせない微生物は、栄養環境の悪化に備えて、その分子構造が脂肪によく似たPHAの形で炭素源を体内に備蓄しています。
 このPHAは熱可塑性を有する、天然のポリエステルといえます。同時に微生物の働きで無機物質に分解できる生分解性プラスチックの一種です。PHAは、現在のポリエチレン、ポリプロピレンと言った素材とよく似た性質を持ち、これを代替する素材として活用が可能です。

―なぜ生物由来のプラスチックが期待されるのでしょう。

阿部 従来の化石資源を原料とする人工のプラスチックは、まず、有限資源の不可逆な消費であると言うことです。使った分だけ資源は確実に減り、簡単に回復しません。また、埋設処理した場合、自然環境で分解されないために、処分場の不足を招くだけでなく、地中に残留することによる生態系への影響が問題となっています。
 化石資源由来のプラスチックは、焼却処理した場合には炭酸ガスなどの温室効果ガスを大気中に放出することも指摘されています。地中深くに眠っていた化石燃料を掘り起こして燃やすほど、地表における二酸化炭素の総量は増加します。一方、生物由来のプラスチックは、地表にある炭素源を固定して作られるため、仮に生分解し炭素が放出されても、地表における二酸化炭素の総量は変わりません。これをカーボンニュートラルと呼びます。また、光合成が行える条件が整う限り、バイオマスは繰り返し、生産できます。つまり再生可能エネルギーなのです。これらの点で、生物由来のプラスチック(バイオプラスチック)が、これからの環境にとても有用と期待されています。
 バイオマスを原料にエネルギーや材料を作る技術をバイオリファイナリー(biorefinery)と言いますが、我々はその中でも化成品を含めた有機化合物を作りたい。その1つとしてバイオプラスチックを選んだのです。PHAをいかに製品材料として仕上げていくか、我々の研究室ではその材料設計に取り組んでいます。

―バイオプラスチックには、どのような種類があるのですか。

阿部 バイオポリエステルのほかにも、穀類などのでんぷん(糖)を微生物の力で発酵させ、化学合成してできるポリ乳酸が代表的な1つとして知られています。バイオポリエステルは透明性や強度の面で、このポリ乳酸とは異なる性質を有しています。したがって、バイオポリエステルが実用化されれば、ポリ乳酸ではまかなえない新たなプラスチック需要を創出し、応えることができます。
 とはいえ現時点で、PHAはプラスチック材料としての収量や品質の点で、合格点に達しているとは言えません。研究の余地がまだ多くあります。そのため、我々「バイオプラスチック研究チーム」の掲げるテーマのひとつが、PHAをプラスチック材料として実用化するための各種技術開発、すなわち『微生物のつくるバイオマスポリマー/モノマーの高性能化、高機能化の追求』です。
 そのために、バイオポリエステルのようなポリマー(高分子物質)や、あるいはその単位となるモノマー(単量体)を効率的に作る酵素を選別し、さらにそれらをつなぎ合わせたり、組み合わせたりするバイオマスポリマー合成技術が必要です。これについては、バイオマス由来のモノマーを有用な高分子物質に変換する酵素を研究開発する「酵素研究チーム」との連携に期待しています。

―高機能化という部分では、例えばどのような性質の獲得が重要ですか。

阿部 プラスチック素材に求められる重要な性質のひとつは耐熱性です。これが現時点で、バイオポリエステルは十分でありません。融点を上げていくにはバイオポリエステルの分子間結合をより強めたり、分子配列に規則性を持たせたりする工夫が必要です。まず、それを可能とする分子構造を持ったモノマーを作り出す必要があります。さらにさかのぼって、モノマーの合成に関わる酵素の改変に関わってきます。例えば理研では、セルロースを分解する酵素を作るシロアリ腸内の原生生物の遺伝子などを、培養しやすい微生物に組み込んだ高糖化システムの開発を研究しています。このように、微生物の体内で作られる酵素などの仕組みや合成経路を詳しく分析し、必要に応じて改変した遺伝子を他の微生物に導入することで、遺伝子の機能を強化する手法が考えられます。
 こうした特定遺伝子の機能強化については、「酵素研究チーム」や「合成ゲノミクス研究チーム」との連携が重要になります。
 また物性の強化という以外にも、私たちは既知のポリ乳酸やPHAに続く、実用的な機能を備えた、第三、第四の新たなバイオプラスチック素材を探しています。

―バイオプラスチックのリサイクル系についてはいかがですか。

阿部 バイオプラスチックは生分解性が特長ですが、それは『生分解できるから、要らなくなったら廃棄処分すればよい』ということではありません。社会の中で製品として使われたバイオプラスチックは適正なリサイクル系の中で処理し、そこから漏れてしまったもの、例えば自然環境の中に置き去りにされてしまったような場合に、最終的な手段として生分解機能に託す、という理解が基本です。
 従って、材料や製品としての寿命を考えて、分解が起きるタイミングを制御する研究も同時に必要なのです。これが、「高効率な高分子分解系の確立」に関するテーマです。

―具体的にはどのような課題ですか?

阿部 一つには、バイオプラスチックに外部から刺激を加えれば分解を始める、というように耐久性および寿命を制御する技術を探っています。分解酵素の構造や機能の分析、そしてバイオプラスチックの分子配列の設計が重要です。
 ヒントになるのは、微生物で用いられている天然の分解酵素。その分解酵素をベースに、ポリマー中の特定分子配列をモノマーへ変換する酵素を人工的に設計・合成するアイデアの実現を進めています。ほかにも、熱や光をスイッチとして、バイオマスプラスチックを分解する方法も探っています。
 ポリマーをモノマーに変換すれば、再びそれを原料としてポリマーを製造できる。従って、バイオプラスチックが何らかの用途で寿命を迎えたならば、モノマーに変換し、異なる用途で再び利活用するケミカルリサイクルを実現することで、持続可能な地球環境の維持に役立つと考えています。

―チームリーダーとして期するところは?

阿部 国内のプラスチック生産量のうち、バイオプラスチックの占める割合は、1%を満たしていません。理研では、2020年までにこの割合を10%にすることを目標の一つに掲げています。こうした目標を出来る限り達成できるよう、我々も研究に邁進(まいしん)したいと思います。