国際植物の日

世界中が植物のことを考える新しい記念日。「国際植物の日」。

2012年5月18日、植物の大切さや植物科学の面白さを、
より多くの人々と共に見直し共有するための日が誕生した。
「国際植物の日」(Fascination of Plants Day)。
世界39カ国が参加したこの新たな試みに日本も参加。
その国内窓口となったのが理研・植物科学研究センターだ。
初の開催年となった2012年、その成果と意義は?
日本開催の指揮を執った篠崎一雄氏、コーディネーターとして
活躍した伊東真知子氏に、お話を伺った。

篠崎 一雄・伊東 真知子
篠崎 一雄(Kazuo Shinozaki)
理化学研究所 横浜研究所 植物科学研究センター センター長
兼・機能開発研究グループ グループディレクター
兼・社会知創成事業 バイオマス工学研究プログラム プログラムディレクター
伊東 真知子(Machiko Itoh)
理化学研究所 横浜研究所 植物科学研究センター 技師
サイエンスコミュニケーター

半年の準備期間で広がった輪

――「国際植物の日」設立にはどんな背景があったのでしょう?

篠崎 一雄

篠崎 一雄氏

篠崎:「Fascination of Plants Day」は、欧州植物科学機構(以下、EPSO)により2011年の秋に提唱されました。EPSOは、EU各国にある植物科学の学会を連携させた組織で、農業や食物生産、園芸、林業等の分野で植物科学を発展させるさまざまな将来計画をつくっています。また、ヨーロッパ全体では「バイオエコノミー」という、2030年頃を目標に、新たに生物をベースにした産業を興そうという計画があり、植物科学はその中の重要な一分野として期待されています。しかし、植物科学そのものがあまり社会に認知されていない現状もあります。そこで、EPSOは植物の重要性や植物科学の面白さをより多くの人々と共に見直すための日として「Fascination of Plants Day(国際植物の日)」を提唱し、各国で連携した活動をしたいと考えたわけです。

――理研が賛同し、協力に至った経緯をお聞かせください

篠崎:現代は、科学者からの発信が社会にとって非常に重要な時代です。日本では2011年の東日本大震災によって原発の問題が起こり、個人的にも科学者自身が情報発信することの大切さを痛感しています。また、地球温暖化という大きな問題もあります。このような時代背景から、植物科学が地球規模の問題の解決に貢献できるのではないか。また、若い世代に植物科学の魅力をわかりやすく伝える必要があるのではないか。この2つの面で、主旨に賛同し、参加を決めました。幸い植物科学の研究者の中には、日頃から一般の方々への研究発表や広報活動に積極的な人も多い。その方々が中心となって動いてくれることになりました。また、関係学会、関係各機関・団体などに趣旨を伝え、参加を促し、活動の輪を広げるために、理研が中立的な立場で、国内コーディネート業務を担うことも決めました。そのコーディネーターに、植物科学研究センターのサイエンスコミュニケーターである伊東真知子さんを任命しました。日本植物生理学会からは、同学会の国際委員である後藤デレックさんがコーディネーターとなりました。丁度、私が植物生理学会長であったことも全体をまとめる上で幸いでした。

――準備期間はわずか半年。ご苦労も多かったのでは?

伊東:コーディネーターとしては、立ち上げが一番大変でした。活動の初期段階では、「Fascination of Plants Day」とは一体何なのか、という説明も難しかったですね。英文の趣旨そのままでは、非常に大らかというか、“ふわん”としたものだったので(笑)。各国でどう捉え、どう展開してゆくかは自由でした。

篠崎:「Fascination of Plants Day」をどう訳すのかというのも問題です。直訳では伝わりませんからね。それで日本植物生理学会国際委員会が知恵を絞り、「国際植物の日」というシンプルな名称にして、副題をつけました。「世界のみんなで植物のたいせつさを考える日」と。親しみやすさと共に、植物の重要性も伝えたかったからです。

伊東:2011年内に3つの植物科学関連学会の賛同が得られ、そこから他学会や、関連機関・団体の方に直接お会いしてご説明したり、あるいはメール、手紙、電話等で参加を募りました。最終的には、植物科学研究に直接携わらない方々からも多くのご参加・ご協力をいただきました。

篠崎:自治体からの反応もありました。たとえば千葉県流山市は、森を大切にし、ガーデニングによる町おこしに積極的に取り組んでいます。このような自治体が「国際植物の日」にも興味を持っていただき、反響があったのは嬉しかったですね。

伊東 真知子

伊東 真知子氏

伊東:世界的には、賛同する39カ国の各地で、講演、施設公開、実験教室、自然観察、サイエンスカフェ、ビデオコンテストなどの活動が行われ、その数は577に上ります(2012年5月18日時点、EPSO発表による)。アジア・オセアニア地域からは、日本、中国、インド、オーストラリア、ニュージーランドが参加しました。日本国内では、最終的にご参加・ご協力くださった機関・団体数は25に上ります。

5月18日前後をピークに、4月から8月にかけてさまざまなイベントが行われ、それぞれに意義深い内容のものが催されました。体験やトークを主体とした13のイベント、大学・研究機関の施設公開を含む7イベント、大学と小中高校との連携活動が13件、顕微鏡映像をウェブ上で中継する試みや、出版社によるウェブキャンペーンが各1件です。半年足らずの準備期間にもかかわらず、活動が大きく広がったのは、植物科学の魅力を伝えたいという関係者の皆様の熱意の表れだったと思います。

植物科学と社会の架け橋として

――特に印象に残っているイベントは何でしょうか?

伊東:個人的にはごく一部のイベントにしか参加できなかったことが申し訳なく残念ですが、例えば、5月11日のバイオカフェ「果実を大きくする“植物ホルモン”の魔法」は、理研の神谷勇治先生のトークイベントでした。パワーポイント等を一切使わない、ご本人いわく「落語」風の語り口は、参加者の心をつかみ、たいへん盛況でした。また、6月22日に行われた理研サイエンスセミナー「いのちの色の理由」は、デザインと植物科学それぞれの専門家のお話がキャッチボールの中で広がったり深まったりと、とても楽しいトークイベントになりました。さまざまなイベントが開催されましたが、一般の参加者の方々から「植物って役に立つものだね」「植物を見る目が変わった」という声を聞けたのは嬉しかったですね。

篠崎:最近は環境問題への関心が高まっていることから、環境の保全の視点で植物が果たす役割について興味を抱いた方も多かったようです。さらに、食料問題やバイオ燃料のような、いわゆるバイオ材料を使ってものづくりをする動きなど、植物の利用価値に目を向けていただく、良いきっかけだったと思います。植物について考えることは、環境をいかに守るか、自然を破壊しないか、そういう意識にもつながります。その意味では、「国際植物の日」が多くの人々と植物科学をつなぐ、幅広い活動へと発展する可能性は大いにありますね。一般の方への情報発信はもちろん、植物科学に携わる研究者の意識を変える試みにもなったと思います。

――今後、「国際植物の日」はどのように発展するのでしょう?

伊東:今回は初回ということで、土台づくり、ネットワークづくりはある程度達成されたのかなと思います。今後は、園芸などのように、本当に身近な植物の世界から、サイエンスとしてのコアな植物科学の面白いところまでを上手につなげて行ければ。そのためには、もっと私自身、さまざまな組織やキーパーソンと連携する必要があると思います。また、初年度は5月18日に制定されましたが、次年度以降の日付は未定であり、週間や月間になる可能性もあります。日本には、すでに5月4日の「みどりの日」や、4月24日の「植物の日:牧野富太郎博士の生誕記念日」もあり、植物に関する活動の蓄積があります。だからこそ、「植物が大切」「環境に欠かせない植物」「植物科学の魅力」といったテーマに、多くの方々が共感してくださって、活動が広がったのだろうと思います。今後は日程を含め、また新たなアイデアを持ち寄りたいですね。

――理研が窓口を担った意義についてはどうお考えですか?

篠崎:理研の植物科学センターは国内の植物科学研究の中核機関となっているので、基礎研究だけではなく、国内外での広報の役割も求められているのだと思います。今回、機会を得て、中心的に活動できたのは良い経験でした。伊東さんは本当に頑張ってやってくれました。事務局として細やかに動いてくれる人がいないと、何も進みませんからね。

伊東:日頃から、日本の植物科学を支えるという意識で篠崎センター長が動かれているのを見ており、今回は、社会のための仕事だと感じながら働いていました。有意義な経験でした。また、研究職の方も事務職の方も、色々な面で協力してくださり、理研にいて良かった、と感じました。

――21世紀は植物が重要になってくるのでしょうか?

篠崎 一雄

篠崎:そうなると思います。やはり植物は持続的なものですから。例えば、石油は掘ってしまえば無くなりますが、植物は繁殖しながら二酸化炭素を回収して資源を生み出します。そういう意味でも生物をベースにした経済「バイオエコノミー」が持続的社会構築のために動き出すべきといわれています。

植物科学と社会、経済の橋渡しをするためにも「国際植物の日」が今後果たしていく役割は大きいでしょう。今回、初の開催を通じて、社会と科学が少し近づいたとも言えます。長く研究者の世界は「象牙の塔」と言われていましたが、研究者の興味だけでは進まない時代になってきました。その認識を深めただけでも、開催した意味がありました。伊東さんは大変でしたけれど(笑)。

最近は純粋な科学以上に、科学技術が社会にどう貢献するかに、一般の方々の注目も集まり、関心が高まっています。それは、とても大切なことで、私たち研究者も常に意識的であるべきでしょうね。

「国際植物の日」ホームページ
http://www.plantday12.eu/japan.htm

イベント報告

『世界の研究者が使う植物、シロイヌナズナを観察しよう!』

主催
名古屋市科学館
協力
理化学研究所 バイオリソースセンター 実験植物開発室
開催
平成24年5月19日(土)、20日(日)

実験用のモデル植物であるシロイヌナズナは、ゲノム解析が終了しており、世界中で色々な研究が行われています。この植物の観察会が、名古屋市科学館で開催され、お子様連れのご家族を中心に、両日あわせて約200名の方々にご参加いただきました。

参加者は、実体顕微鏡を用いたシロイヌナズナの葉の表面にある毛(トライコーム)の観察や、八重咲の花のルーペ観察を行い、植物の世界の不思議を体験されました。

イベント終了後は、植物の面白さや基礎研究の重要性について感想を述べる方も多く見受けられ、一般の方に生物研究に触れていただく、有意義なイベントとなりました。

参加者に顕微鏡の使用法と観察対象の説明を行う研究員

顕微鏡の使用方法や観察対象の説明を行う研究員