「オーキシン」生合成主要経路を解明

植物の成長調整に重要なホルモン「オーキシン」。ついにその誕生のメカニズムを解明。

植物科学の世界に、60年以上解決されていない謎があった。
過去形なのは、2011年にその謎が解明されたからだ。
植物の形づくりや環境応答で重要な働きをする植物ホルモン「オーキシン」。
その生合成経路の謎を研究者たちは長年にわたって追究してきた。
今回、その主経路を解明した植物科学研究センター生長制御研究グループで、
中心的な役割を果たした笠原博幸上級研究員に、解明のプロセスを伺った。

笠原 博幸
笠原博幸(Hiroyuki Kasahara)
理化学研究所 横浜研究所 植物科学研究センター生長制御研究グループ 上級研究員

植物がつくる成長調節物質オーキシン

植物ホルモンとは、植物体内で合成され、微量で植物の成長や環境応答を調節する化学物質の総称です。これまでに約10種類発見されており、それらの多くが、例えばアクセルとブレーキのような関係で、互いに調整し合いながら働きます。植物が自身の置かれた環境に適応しながら一番良い形や大きさに成長し、子孫を残すために種をつくれるように調節しています。

先ほど約10種類と言いましたが、いちばん最初に発見されたのがオーキシンです。その他、ジベレリン、サイトカイニン、エチレン、ジャスモン酸、アブシジン酸、ブラシノステロイド、サリチル酸、ペプチドホルモン等が知られています。最近、この仲間に新たに加わったのがストリゴラクトンで、理研の植物科学研究センターで2008年に発見されました。そしてその3年後の2011年、同じ植物科学研究センターで、長年の謎とされてきたオーキシンの生合成経路が解明されたのです。

オーキシン解明の歴史と意義

オーキシンが物質として同定されたのは1930年代ですが、その研究自体はもっと古く、進化論で有名なダーウィンが、植物が光の方向に曲がる屈光性の研究をしたのが最初だと言われています。その屈光性に重要な役割を果たす物質がオーキシンと名付けられました。ですから、オーキシン自体の研究の歴史は実に130年程です。オーキシンは植物の大きさや形などを調節する重要な役割を果たすことから、これがつくれなくなると植物はうまく成長できません(図1)。そのためオーキシンは「司令塔ホルモン」と表現されることも多いのですが、その生合成経路は解明されていませんでした。植物から最初にオーキシンの機能を持つ物質“インドール-3-酢酸(IAA)”が確認された1946年から、実に60年以上経ってもそれは謎のままだったのです。

これまで人工的につくられた「合成オーキシン」が除草剤や成長調整剤として使われてきましたが、今回オーキシン生合成の主経路が明らかになったことで、植物に外部から与えるのではなく、植物の内部で量を調節する新しい方法が増えるでしょう。合成オーキシンを散布したり塗布したりする作業を省くことも可能になると思います。これはより環境にやさしい方法で植物の成長を調節することに繋がります。今後、さまざまな分野の研究者が、たとえば食糧問題や環境問題を解決するために、この成果を活用してくれることも期待できます。

図1 オーキシンがつくれなくなると植物は成長できない
図1 オーキシンがつくれなくなると植物は成長できない

解明のカギは、微量で不安定な中間物質の分析

それでは、今回の研究内容と経緯についてご説明しましょう。

そもそも、これまで60年以上、生合成の主要経路が解明できなかったのはなぜか?その理由は主に2つです。ひとつは、オーキシンを合成できない植物を得ることが難しかったことです。このため、オーキシンは複雑な経路で合成されていて、そのどこか1箇所に不具合があっても他の経路で合成できるのだろうと考えられていました。そしてもうひとつが、オーキシンが植物内部でごく微量しかつくられないことです。その量はおよそ植物体1グラム当たりに1億分の1グラム程度です。さらに、オーキシンを合成するための中間物質(合成途中の生成物)は化学的に不安定で、分析することが非常に難しいものが多かったのです。

2000年以降、モデル実験植物であるシロイヌナズナのゲノム(全遺伝子情報)が解読されたことで、IAAの生合成に関わる酵素の遺伝子が次々に発見されました。そして、いくつもの中間物質で交差した複雑な生合成経路が提唱されてきました。しかし私は、「経路はもっとシンプルなものではないか」と予想していました。そして、その証明には、ごく微量で不安定な中間物質を一つ一つ分析していくことこそ、近道だと考えたのです。

幸いにも理研には、植物ホルモンを高精度で測定する質量分析器(物質の分子量を測定し、その物質を同定・定量する装置)とそれを扱う技術がありました。私たちの研究室でもこの高い技術を使い、シロイヌナズナに含まれる予想中間物質の分析を進めたのです。

そして色々なIAA生合成遺伝子の欠損変異体を分析した結果、これまで異なるIAA生合成経路に存在すると考えられていた2つの酵素、TAA1(トリプトファンアミノ基転移酵素)とYUCCA(フラビンモノオキシゲナーゼ)が、同じ経路に存在する可能性が高いと考えるようになりました。

若い研究者のパワーで難問を突破

笠原 博幸

そこからの展開はドラマチックなものでした。「TAA1とYUCCAの2種類の酵素は同一の経路にある」という結論で一旦、論文を投稿しました。オーキシンの研究分野はとても競争が激しく、私たち以外の複数の研究グループも同様の結果を得て、論文投稿の準備を進めていると知ったからでした。しかし、論文の査読者から、「これまで報告されていたYUCCAの機能は誤りで、その本当の酵素反応を示すことが不可欠」という要求があり、それを実験で証明しなければならなくなりました。これを証明するためには、黄色い活性型YUCCAタンパク質を得ることが不可欠ですが、非常に困難な作業でした。そんな折、私たちのグループの若手研究者である増口潔研究員が、たまたま隣の代謝システム解析チームの岡村英治研究員と立ち話をしていたところ、大腸菌を使って植物由来のYUCCA酵素をつくる方法に関するアドバイスをもらいました。岡村研究員も若手研究者で、酵素機能解析のプロフェッショナルでした。

増口研究員が早速試してみると、大腸菌から美しい黄色をしたYUCCAタンパク質を得ることができました。そして、これを使って酵素活性試験を行ったところ、TAA1が生成した中間物質をYUCCAがIAAに変換することが確認できました。これはTAA1とYUCCAが同一経路にあるという証明です。この時、真夜中でしたが、増口研究員は思わず「キターーッ!」と廊下中に響き渡るほどの大声で叫んだそうです(笑)。私は一旦帰宅していたのですが、メールをもらい飛ぶように研究室に戻りました。興奮する増口研究員と一緒に実験データを確認しましたが、疑う余地のない結果でした。とても感動しました。

この成功により、植物はアミノ酸であるトリプトファンからTAA1とYUCCAの2種類の酵素の働きでIAAを合成していること、即ちTAA1とYUCCAは同一の経路にあることが証明されました(図2)。研究者が長い間追い求めてきたオーキシン生合成の主経路がついに明らかになったのです。

図2 今回明らかになった生合成の主経路
図2 今回明らかになった生合成の主経路

応用に展開し、社会の要請に応える

オーキシンをはじめとする植物ホルモンの魅力は、ごく微量ながら植物の形や大きさをダイナミックに変えられることです。そして、それを活用できるおもしろさもあります。特にオーキシンは、葉や根の形づくりなど重要かつ多様な働きを持っています。

その活用方法ですが、私としては、応用してくれる研究者や企業を待つというより、自分自身の足で一歩踏み出してみたいという思いがあります。現在、実際にオオムギを使った新たな実験をしています。オオムギは通常は18℃くらいでよく育つのですが、葯(やく)がつくられる初期の段階に30℃を超えるような温度に晒されると、オーキシンの量が減るために雄しべが短くなって、受粉しにくくなります。温暖化により農作物の収穫量が減少する原因のひとつとして注目されています。私は今回の研究で明らかになったオーキシンの生合成遺伝子を、30℃を超える条件下でも葯や雄しべで働けるようにすれば、受粉して種をつけるようになるのではないかと考えています。地球温暖化を想定し、暑い条件下での生育を可能にするための取り組みのひとつです。

笠原 博幸 実験中のオオムギ

これまではずっと基礎研究に専念してきましたが、これから半分は応用研究にシフトして、バランスのとれた研究者を目指していきたいと考えています。“応用への展開”は今、社会で求められていることだと思います。「私たちは何のために研究を続けるのか、社会のためにどれだけ役に立てるのか」。それが本気で求められている時代に来ていると感じています。