質問2 一番必要な勉強とは、 何だと思いますか?

 皆さんは、学校や家で、勉強をしていますね。勉強と聞いて、うんざりするかもしれません。「正解を出さなければならない」と反射的に身構える人もいるでしょう。しかし、勉強とは、机に向かって与えられた問題を解くことだけをいうのではありません。「正解」を出すことでもありません。では、家の仕事の手伝いはしていますか。ご飯の支度をしたり、幼い弟妹の世話をしたり、病気の人を介護したり、洗濯、掃除、ペットの散歩をしたり……。実はこうしたこともすべて、勉強なのです。野菜を自分でつくる。ニワトリを飼って卵を産ませる。料理を通して化学反応を知る、あるいは掃除機から遠心分離という原理を知り、赤ちゃんの世話や介護を通して人間の生理を 理解する。もっと単純なことでは、包丁で指を切ってしまい「痛い」と感じる、そういうことの中にも 学びがあります。私も子どものころには、家の仕事をたくさん手伝いました。そこから実に多くの ことを学んだと思っています。

 そして、勉強を積み重ねていき、世の中の仕組みがどうなっているのか、知れば知るほど、わかってくることがあります。そして、わからないことがたくさんでてきます。人類が獲得した知など少ないこと、また自分ができることはわずかであることを思い知らされます。地上の生命の歴史36億年。その長さからみると、せいぜい20万年しか生きていない人類は、些細(ささい)な存在でしかありません。さらに、138億年もの宇宙の歴史からみれば、私たちの人生はほんの一瞬の出来事なのです。

 こうした中で、人類は文化を築いてきました。文化といえば、和服や茶道などの伝統を 思い浮かべるでしょうか。文化は、「人と関係すること」と深くつながっています。あなたは、 お父さん、お母さん、から生まれました。そのお父さん、お母さんも、その父母から、生ま れてきています。さらに、その父母は・・・それ以上前になると、もうまったくわからないか もしれません。しかし、想像力を働かせてください。何百年、何千年、そして20万年前まで さかのぼって、人類が世代交代を繰り返しているから、皆さんがここにいるのです。私た ちの祖先はアフリカにいたといわれています。そこから分かれてさまざまな自然とかか わり、いろいろな文化をつくったのです。人と人との関係は連綿と続き、そこに文化が継 承されています。

 ですから、文化には、日ごろ忘れがちな、大事なことを思い出させてくれる性質があります。お年寄りの話を聞いてみてください。子供のころの学びや遊びの体験を聞いてください。その経験はあなたの経験と、どれだけ違いますか? その変化はどうして起こったのでしょう? 私たちは今、遠い祖先が伝えてきた大事なものを忘れようとしてはいないでしょうか?

 人間はとても「忘れやすい」生き物です。また、嫌なものを「忘れよう」とする生き物でもあります。 人間は楽しいことや、自分の思い通りになることを優先し、苦しさから逃げようと考える傾向があるからです。これは、大人でもそうです。挑戦したことのない新しいことは、結果の予測がつかないことが多いので、敬遠されがちです。

 しかし、そうした生き方では、何かを創り出すことはできません。皆さんは今の生活で、ほとんど不便がないかも知れません。これ以上、何か作る必要はない、と思っているかもしれません。しかし、私たちを取りまく環境は日々少しずつ変化しています。変わらないものも多いが、二、三十年たつと相当に変わります。人間はその環境に適応して生きなければなりません。だから、常に新しいものを創る必要があるのです。また私たちが便利だと思うことは、誰かがその製品やサービスを作っているのです。大勢の人たちの支え合いで、この社会は成り立っています。もし、そのどこかに機能不全が起きると、私たちの当たり前の暮らしは立ち行かなくなってしまいます。私たちの生活は、常に何かを創り出すことで成り立っています。何かを創り出すときは、筋書きの決まったゲームをやるように、自分が思う通りに物事が運ぶことなどほとんどありません。研究をしていても、失敗の方がほとんどです。忍耐と工夫がいります。

 ではなぜ研究をやり続けるか、というと、何かを創り出したとき、発見したとき、またそれ を通じて誰かの役に立てたとき、喜んでもらったときに、その満足が大きいからです。ど れくらい大きな満足かというと、私たちの子孫が、私たちが努力して創ったものを文化と して受け継いでくれるような大きな満足であるはずです。むずかしいことをなしとげたとき ほど嬉しい。だからやめられません。それは、束の間の楽しさに溺れることとはまったく 別次元の体験なのです。

 そうした体験をするまでに何年かかるのか、誰にもわかりません。成功しない可能性もあります。だったら、「時間の無駄だ、最初からやるのをやめよう」という選択肢だってあるかもしれません。「その日その日、それなりに楽しくすごせれば」、そう考えるならそれでもよいでしょう。

 しかし、何もしなければ何も生まれません。自ら努力しなければ喜びはありません。たった一度の人生です。たとえ一人でも、誰もやったことのない課題に挑む、それはすばらしいことなのです。

 人間にとって、人生八十年をどうやって生きていくかがとても大事な問題です。自分の足で、自分の力で生きていく。その力は子供のときから養わなくてはなりません。人生を豊かに、自分だけの目的を持って生きていくためには、実は学校で学ぶことは大切ですが、全体から見れば枝葉末節(しようまっせつ)の話にすぎません。それよりも、一人ひとり知性や感性など、つまり人間性を磨くための作業が何より重要なのです。

 これからの時代、つまり未来は皆さんの時代です。自分で価値観をつくり、責任を持って、 自分の人生と社会を生きて欲しい。自分の人生を作るのは自分自身でしかありません。誰か の人生に従属して生きてはダメです。

三つめの質問です。