RIKEN ECO HILIGHT 2008

守屋繁春

ミクロの世界に暮らす生物たちから見える、地球の未来 共生関係にある生き物の生態を、包括的に解明

守屋バイオスフェア科学創成研究ユニット ユニットリーダー 守屋繁春

 私たちが知っている微生物の世界は、ほんのわずか。
 守屋繁春氏の研究グループは、共生関係を構築する微生物が代謝する有機化合物や、活動する環境の中から直接抽出した遺伝子をもとに、ミクロの生き物たちがそこでどういう役割を演じているのかを推定、解析しています。
 研究から、温室効果ガスの排出削減や、化石燃料などの天然資源枯渇といった環境問題を解決するカギの一端を、多様な微生物が握っていることが見えてきました。

多くの謎に包まれている
微生物の世界にのめり込む

 生態系には膨大な種類の有機化合物が存在しています。その合成・分解・変換・循環の役割を担っているのが、陸圏、水圏に暮らす微生物群です。
 「しかし、その生態が明らかになっているのは1%にも満たないといわれています。残り99%の中には、まだその存在さえ知られていない“門”(生物分類上のカテゴリ)がまだ多く存在する、という可能性が次第に強くなってきました。守屋繁春ユニットリーダーが率いる守屋バイオスフェア科学創成研究ユニット(以下、守屋ユニット)では、これら未知の微生物を解析する技術の確立と、環境問題解決へ向けた応用を目指しています。
 それにしても、それほど多くの微生物の生態がこれまでよく分からなかった理由は、何なのでしょうか。
 「微生物の多くは、細胞の代謝から作り出される有機化合物(代謝産物:メタボライト)を他の微生物と相互に養分として融通し、依存するといった共生関係があり、ある微生物単体だけを生きたまま取り出して、培養することが困難でした。そのため、研究対象として詳しく観察できなかったのです」。
 そこで、守屋ユニットでは、培養とは違うアプローチを駆使して解明しようと挑んできました。具体的には、代謝産物を多角的に分析するメタボローム解析。棲息する環境中から伝達RNAを直接抽出し、それを足掛かりに発現しているDNA情報を解読してその役割や機能を推定するメタトランスクリプトーム解析。そうしたDNAから作り出されたタンパク質の全体像を解析するプロテオーム解析。そういった複数の手法を組み合わせてエコシステム(共生系全体)を捉える分析手法(メタオミックス科学)により、生きたままの共生系を対象にさまざまな機構をつかさどる遺伝子の機能を解き明かす、という考え方です。

地球上にある物質の
流通プロセスを俯瞰

 守屋ユニットでは微生物の生態を明らかにして、地球環境を守るだけでなく、将来を予測しながら豊かさを創り出し、より本質的な循環型社会を実現する方法論の構築を試みています。
 「目標としているのは、人間が必要とする物質をすべて自然の力で作ること。そして、廃棄物を作らず、すべてを自然に帰すという、持続可能な仕組みの実現です」。
 地球上のほとんどのエネルギーの源は、太陽光です。そのエネルギーを植物が光合成によって自らの成長に取り込み、生態系を形作っていきます。
 「石油も長い年月をかけて地中に堆積していった生物中の炭素がもとになっているので、その源を辿れば太陽エネルギーに行きつきます。このように植物により固定された太陽エネルギーを、多様な化合物に変換して再び自然界へと流通させているのが微生物です。私が微生物の研究に熱中しているのは、この不思議なプロセスに惹かれるためです」。

育成中のシロアリを観察
育成中のシロアリを観察

 守屋ユニットリーダーが研究してきたそんな微生物の一つが、人間界では害虫と見られるシロアリの体の中にありました。実はシロアリは、セルロースという堅固な分子構造からなる枯死材を分解し、森林の生態系を維持してくれる“益虫”。彼らがセルロースを分解できるのは、体内に生息する原生生物、およびその原生生物の内部に存在する微生物、という3者の共生関係と深く関わっていること、そして、そこにどんな酵素(タンパク質)が関係するかをゲノム解析から絞り込めることが、理研での研究を通じて明らかになってきました。
 「農産廃棄物や間伐材、林内残置木などの木質系バイオマスから、化石燃料の代替エネルギーとして注目されるバイオエタノールが作り出せます。セルロースを糖の一種であるグルコースに変換(糖化)する際、その反応を阻害する物質(リグニン)を除去/破壊する前処理が不可欠で、従来はその装置を稼働するために化石燃料由来のエネルギーを別途投入していました。そのため、エネルギー変換効率は高くありませんでした。
 また、多量のセルラーゼ剤(セルロースを加水分解する酵素)を加える手間とコストもかかります。
 それに対して、シロアリの分解系から明らかになった酵素を人工的に創り出し、なおかつ、それらを組み合わせたバイオマス糖化システムを工場内に実現できれば、より環境にやさしい生化学エネルギーのみで、バイオエタノールに必要なグルコース変換を促進できます」。
 バイオ燃料生産に必要なトータルのエネルギーを低減できるだけでなく、人間の食糧と競合しない植物(木質)を利用することで、トウモロコシやサトウキビの需給をひっ迫させず、食物価格の高騰といった影響を緩和できます。また、セルロースを含まない素材の使用や糖化プロセスを阻害するものを木の柱に塗るなどし、家屋などからのシロアリを駆除する方法の開発に寄与することも考えられると守屋ユニットリーダーは指摘します。

海中の鉱山といわれる
海洋の生態系の真実に迫る

エコトロン
エコトロン

 守屋ユニットでは、シロアリ以外にも、さまざまなモデル系を研究し、バイオ燃料やバイオマテリアル(骨や皮膚を置き換えうる、医用材料)の生産技術に役立てたいと考えています。2009年度からは、海中の微細藻類やプランクトンの研究を開始しました。研究室にはその実験場とも言えるエコトロン(Eco-tron)が設置されています。
 「海洋には、セメントの材料になるケイ素や樹脂に応用できるポリマー原料などの物質を作る生物も存在することから、ここは“見えない森”“海中鉱山”と呼ばれています。四方を海に囲まれた日本にとって、研究が進むことは重要なエネルギー資源を手にできることを意味します」。
 しかし、肉眼では見えない微生物は、環境における役割が重要でありながら、そのメカニズムは前述のように、ほとんどは未知のままです。
 「生態系の関係が見えることで、その模式化により太陽エネルギーから始まる物質の流れを、地球規模で捉えることができる可能性も高まっています。例えば地球温暖化などの気候変動の要因などの推定にもつながり、将来を予測するシミュレーションの精度向上や、酸性雨、温暖化防止、干ばつ対策等に向けた対策の実効性を高めることが可能になると考えられます」。
 「私たちは、複雑な共生系である自然界を多角的、包括的にとらえるだけでなく、世の中に役立つ成果を出したいと考えています」。