RIKEN ECO HILIGHT 2008

平山秀樹

深紫外光が導き出す新たなエコ・マーケット高品質の結晶を作る数多くのブレークスルーを実現

テラヘルツ量子素子研究チーム チームリーダー 平山秀樹

 紫外線より、さらに波長の短い(高周波数の)深紫外光。目には見えないこの光には、大きな可能性が秘められています。たとえば、紫外LED(発光ダイオード)が実用化できれば、従来困難だった有害化学物質の高速分解処理が可能となります。河川の浄水や土壌の改良といった衛生・環境分野での活用が期待できるのです。理研では、世界に先駆けて高出力の深紫外光を発する、窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系の半導体結晶の製造に成功し、世界を驚かせました。

殺菌などの健康衛生管理や
浄水などの汚染物質分解への利用

 深紫外光と呼ばれる200nm〜350nmの波長の光は、肉眼で見ることはできません。
 ではその光は何に使われるのでしょうか。テラヘルツ量子素子研究チームの平山秀樹チームリーダーはこう説明します。
 「2008年7月に発表した、波長282nm、出力10mWの深紫外光では、大腸菌に対し、約20cmの距離から照射すると、1分以内にその99%を殺菌します。医療現場では、医療器具の滅菌などの用途で、大型だった殺菌用水銀灯を代替できそうです」。
 高い分解能力は、廃液の浄化が必要な工場施設でも、応用できる可能性があります。
 「260〜320nmの半導体紫外光源を面上に多数配列した深紫外LEDアレイを用いれば、これまで分解が困難だったダイオキシンやPCB、環境ホルモンなどの公害物質を高速分解処理する装置も開発できそうです。すると河川や土壌、汚水、噴煙中の汚染物質の浄化させることが可能になります」。
 ところで、人体・生物への影響はないのでしょうか。
 「光は波長が短ければ短いほど、物質を変化させるエネルギーが強くなります。紫外線(315nm〜400nm)は太陽光に含まれており、私たちの皮膚は紫外線によって日焼けします。逆に有用な点を挙げると、人がビタミンDを体内に取り込むには日光に当たる必要がありますが、それはビタミンD3の生成には紫外線のエネルギーを必要とするためです。しかし、200nm〜280nmの深紫外と呼ばれる領域の光は、DNAを破壊するほど強いエネルギーを持っています。殺菌用に用いるのはそのためですが、取り扱う際は十分な安全性を確保して、適切に利用しなければなりません」。
 これまでは、深紫外光源を取り扱うことが、難しかったのでしょうか。
 「250〜270nmの紫外光を発生させるには、ガスレーザーやエキシマレーザーなど大型で高額な装置が必要でした。さらに光源としての発光効率が0.01%と低く、寿命も1000時間ほどでした。それが小型化できること、さらに50〜80%という発光の高効率化、1年以上の長寿命化が視野に入ってきました」と平山チームリーダーはいいます。

世界で初めて280nmでの
高効率な深紫外発光を実現

 深紫外光の用途はほかにも、DNAの解析といった生化学や、紫外硬化樹脂などの化学工業などでの利用、センサーや高演色照明、高密度光記録レーザーといった幅広い応用が期待されています。
 「さらに、これまで使われていなかった波長が得られると、物質の解析などでより高解像度に対象に迫ることができます。これまで知られていなかった情報を入手できるというアドバンテージにもつながるわけです。この分野では、米国が非常に研究熱心であり、技術競争を日本と繰り広げています」。
 米国は、2000年以降は米国国防省の研究開発機関DARPAのもとで深紫外領域の高出力化の本腰を入れ始め、260nm〜280nmでは近年、理研の成果に肉薄するデータを出してきています。
 「相互の研究成果を発表する学会発表の場では、お互い激しい火花を散らしていますが、抜きつ抜かれつの好敵手の存在が、技術面における切磋琢磨につながっています」。
 この開発競争を激化させるきっかけとなったのが、理研での平山チームリーダーの研究成果でした。
 窒化アルミニウムガリウム(AlGaN)系の半導体を用いた、LEDや半導体レーザーダイオード(LD)の研究開発を行ってきた平山チームリーダーは、2001年に340nm、2008年には280nmでの高効率な紫外発光を世界で初めて実現したのです。

高出力の深紫外光線を発する
高品質な半導体の結晶を作る

下地基板を構成する結晶を高精度に形成する
下地基板を構成する結晶を高精度に形成する

 ところで、深紫外を発光させるAlGaNとは、どのような物質なのでしょうか。
 「AlGaNは、発光に適した半導体材料である窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)が混在した結晶です。混晶中のアルミニウム(Al)とガリウム(Ga)の組成比を変えることで、波長200nm〜350nmの深紫外波長の発光が得られます。高効率発光が可能で、長寿命。またヒ素や鉛、水銀といった有毒元素を含まないため、環境に無害な材料です」。
 ちなみに、近年、ディスプレー・照明装置などで実用化されている青色LEDの波長は約450nmで、可視光線の領域を利用しています。市販品で主に用いられている材料は、深紫外発光で使われるAlGaNよりも、発光エネルギーの小さい、窒化インジウムガリウム(InGaN)が用いられています。

リアクタの各種条件を制御
リアクタの各種条件を制御

 平山チームリーダーらが用いている材料(AlGaN)から高出力な深紫外光を発光させるために、いろいろな課題を解決する必要がありました。
 「大きなポイントが、下地基板を構成する結晶の高品質な作製技術です。マイナス電極をつけるAlGaNと、サファイア基板の間に、窒化アルミニウム(AlN)の結晶を下地層として使うのですが、AlGaNとサファイアは、結晶格子の性質が異なり、相性がよくありません。結晶の層が平坦に積み重ならないなど、品質が悪ければ、発光効率がすぐに低下してしまいます」。
 そこで平山チームリーダーは、アルミニウム(Al)ガスを連続供給すると同時に、アンモニア(NH3)ガスをパルス供給する手法(アンモニアパルス供給多層成長法)を考案しました。これにより、サファイア基板上に、貫通転位(規則的な原子の配列に生じたズレ)やクラック(ひび割れ)が極めて少ない、高品質なAlN結晶を世界で初めて成長させることに成功しました。この結果、AlGaNから発光する深紫外線の出力を、それまでの約50倍に向上させました。2007年9月のことです。これを用いて、当時、AlGaN系で最短波長となる227.5nmと、殺菌効果が高いとされる260nmの深紫外を約2mWの高輝度で発光するLEDを開発しました。
 続いて2008年7月には、本稿の冒頭で述べた、280nmの深紫外領域のLEDで10mWという世界最高出力(当時)を達成。室温で連続(数秒〜数十秒間)発光させることへとつながったのです。
 深紫外LEDの出力はまだ強められる見通しです。「将来的には、現在の1000倍以上の高出力が可能な、深紫外LEDの開発を目指しています」と平山チームリーダーは語ります。