質問1 理科好きになる秘密は、どこにあると思いますか?

これから皆さんが考えるためのヒントをお渡ししたいと思います。でも、先に言っておきますが、 答えは書いてありません。それは皆さんが自分で見つけてください。

 皆さんはホタルを見たことがあるでしょうか。本州の代表的なホタルであるゲンジボタルは、水のきれいな川にしか棲まない生き物です。30年前の日本では、たいていの地域で見ることができました。子供たちにとって夏の楽しみの一つでした。今ではどうでしょう? おそらく、皆さんの多くは、本物のホタルを見たことが無いのではないでしょうか。つまりそれだけ、日本の多くで清流のある自然環境が壊れているということです。

 清流とはどのようなものでしょうか?  「水のきれいな川」では、まったく答えに なりません。清流とは、まず生き物が住んでいる川のことです。川をよく観察し ましょう。水草は生えていますか?  小さな魚や貝はいますか?  もし岸辺に草 が生い茂って川の中まで入っている場所があったら、草の根本部分に網を入れ てすくってみましょう。川の生き物は、よくそういうところに隠れています。すくっ た網の中を見てください。うまくいけば、小さな魚やエビ、貝などが捕れているか も知れません。水を持ち帰り、学校の先生に話して、その水を顕微鏡で見せて もらってください。何か動いていませんか? 「いた!見つけた!」。そのとき皆さんの心は、わくわくした気持ちでいっぱいになるはずです。それを“sense of wonder(センス・オブ・ワンダー)”、不思議なことに感動する力、といいます。理科では、この感じる力が非常に大切です。そんなもの、ぜんぜん面白くないということであれば、生きる力が少しおとろえているかもしれません。

 感じる力は、自分の中にあるアンテナの数や、感度で決まります。このアンテナは、自分で何かを経験することによって、初めて自分の中に表れるものです。そしてたくさんのことを経験すればするほど数が増え、何かを感じ取るたびに性能が良くなっていきます。

 性能の良いアンテナはとても小さな信号をキャッチし、「そこに何かある」と自分に教えてくれます。そこに何があるのか? そう疑問に思ったら、すぐに調べてみることです。よく知っている人に聞いてもいいのです。調べてみると、たいていはすでに知られたことで「なんだ、こんなものか」という程度のことです。しかし、感じて調べることを重ねていくことで、徐々に直感が働くようになります。直感は、次に進むための標識のような物です。「これはもっと調べろ」「ここで考えろ」、そんなことが、何となくわかるようになるのです。理科を学ぶ用意ができたことになります。もちろん、ここまで来るにはたくさんの経験と時間が必要です。

 皆さんの中にたくさんのアンテナが立つようになると、複数のアンテナがキャッチした情報同士が結びついて別な意味を持つことがあります。その意味の中に、大きな価値が隠れていることがあります。自然は誰かに発見されることを待っているのです。

 実は私がノーベル化学賞を頂いた研究は、全く別の目的の研究をしていた最中に「発見」したことから始まりました。ある実験結果を目の前にして、「これは重要な原理になるのではないか」と、ふと思ったのです。 そこから研究は始まりました。一見、偶然に見える価値の発見でしたが、決して偶然では得られないものだったと思います。ただぼんやり見ているだけではだめです。それには、価値を見つけるためのアンテナ(心の道具)や頭脳の準備ができていなければなりません。価値の発見は、それまでたくさんの経験をして、自分の感性に立てたアンテナに引っかかる、つまり感じるということなのです。

 いろいろなことを感じて、直感するためにはたくさんの経験が必要です。経験は、本やテレビ やインターネットでは絶対にできないことです。自分からやってみてはじめて得られます。頭で 理解することと、実感して理解することはまったく違います。皆さんはスポーツをやりますか? 試合で負けて、悔しい思いをしたことがありますか? オリンピックで敗れた選手が、泣きなが らインタビューに答えているシーンを目にすることがあります。なぜこの選手は泣くほど悔しい 思いをしているのでしょうか? この選手の悔しさに共感するためには、自分自身が努力し、 自分が負けた経験をもち、その悔しさを実感したことがなければ、難しいはずです。選手は悔しさをバネに、反省を重ねて成長していきます。こうしたことを突き詰めていくと、いろいろな感情を実感として理解できないと、人と人とが、心から理解し合えないことになってしまいます。相手のことを尊重できず、ただ羨(うらや)んだり、怒りや憎しみを抱くことにもなりかねません。それはとても不幸です。皆さんには、ぜひ実感を大事にしてほしいと思います。

 このことはもちろん、勉強にもあてはまります。他人が学んだ成果を読んだだけで、見ただけで、わかったつもりになってはいけません。わかっているのは自ら学び、答え本を書いた人だけです。皆さんではないのです。

 話をホタルに戻します。本物のホタルを見たことがない人は、ぜひ実際に見に行ってください。夜、ホタルが光を放ちながらいっせいに飛び立つ様子は、きっと皆さんの心に一生残ると思います。それがホタルの実感です。世界の誰もが昔からそう感じてきたのです。その美しさを自分自身で味わって、そしてホタルを守ること、自然を守ることの意味を考えてください。

二つめの質問です。