2011   2010   2009   2008   2007   2006        
分子アンサンブル制御・開発研究
Molecular Ensemble Development Research
  1. 分子デバイスのための基礎研究
    (1) 分子性導体の基板上電界効果測定と有機モット・トランジスタの実現
    (2) ダイアモンドアンビルセルを用いた超高圧下での分子性導体β'-Me4P[Pd(dmit)2]2の電気的性質
    (3) 分子薄膜中の電場による電子状態変化
  2. 新機能を示す多核希土類錯体の開発
    (1) d-f異種金属混合型多核錯体の合成,構造と反応性
    (2) 有機金属錯体を基盤とする新規発光材料の開発
  3. タンパク質機能制御の研究
    (1) プロテインキナーゼCα阻害剤IB6AおよびIB-15Aの阻害メカニズム解析
    (2) p38タンパク質と低分子化合物の相互作用解析
  4. 蛍光タンパク質の開発
    (1) 細胞分裂の直後の核膜透過性の再評価:フォトコンバージョン可能な4量体蛍光タンパク質KikGRを用いて
    (2) 蛍光蛋白質の緑>赤色変換におけるE1脱離機構
分子アンサンブル測定・解析研究
Molecular Ensemble Analysis Research
  1. 放射光X線を用いた機能性分子システムの局所電子状態解析
    (1) 環境応答型細胞情報伝達系における分子間・分子内相互作用の研究
    (2) タンパク質−補欠分子構造における分子内相互作用の研究
    (3) 電子分布および静電ポテンシャルマッピングによる分子性導体の電荷移動の直接観察
    (4) タンパク質の精密電子密度マッピングの解析手法開発
    (5) 超低温高圧下X線回折による超伝導分子性結晶の構造物性研究とX線磁気回折法の開発
    (6) 異常X線小角散乱法によるタンパク質に収容された金属原子の可視化
  2. 軟X線発光分光によるアミノ酸・タンパク質の電子状態の研究
    (1) ヘム蛋白質の電子状態の理論解析
    (2) 溶液中のアミノ酸,ポリペプチドの電子状態
    (3) アミノ酸,タンパク質の軟X線発光実験のための装置開発
  3. 機能性分子系の局所磁気状態の解明
    (1)STMを用いた単一スピン検出
    (2)収量検出磁気共鳴・過渡光吸収検出による2・3スピン連携
  4. 分光法による機能性分子系の研究:界面選択的偶数次非線形分光の応用
  5. 多重極限μSR実験装置の開発研究


分子アンサンブル制御・開発研究
局所電子状態,分子間相互作用を設計・制御することによって新しい分子化合物や分子機能を開発することを目指す。大きな目標として,以下の2つのテーマを2本柱とする。
 ・分子デバイス実現に向けての基礎の確立
 ・触媒機能の制御と高度化(有機金属触媒,タンパク質機能制御)
  1. 分子デバイスのための基礎研究
    (1) 分子性導体の基板上電界効果測定と有機モット・トランジスタの実現
    研究担当者:山本(浩),川椙,上野,田嶋(尚),加藤(礼)(加藤分子物性研究室);福永(連携支援チーム))
     強相関分子性導体(モット絶縁体)の薄膜単結晶を用いてFETを作製し,その特性解明と動作原理の検証を行った。すなわち,κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brはバルクでは10 Kで超伝導になる物質であるが,この物質の薄膜単結晶をSiO2/Si基板に張り付けると冷却に伴って基板からの負圧効果を受けモット絶縁体となる。この絶縁状態に対して低温で基板からゲート電圧をかけると,n型のトランジスタ動作を示した。モット絶縁体中では非常に多くのキャリアが存在しているが,互いのクーロン反発により局在化している。このキャリア濃度を少しだけ変化させると,絶縁体−金属転移が起きて有効キャリア数が急激に増加し,伝導性が飛躍的に向上することが予想されていた。そこで今回はホール効果測定により,デバイス中で動くことの出来るキャリア数がゲート電圧でどのように変化するかを見積もった。すると,図1に示すようにわずかなゲート電圧(=キャリア注入)で劇的に有効キャリア濃度が変化し,金属状態と同じキャリア数となることが明らかとなった(図1中のQ=CVは電界効果により注入されたキャリアの数)。これはデバイス中でモット転移が起きていることを示唆している。なお,図2はデバイス抵抗値の温度−ゲート電圧依存性で,デバイス中に存在する乱れがそれほど大きなものではなく,ホール効果測定の結果が信頼に足るものであることを示している。 ( BEDT-TTF = bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene, FET = Field Effect Transistor )


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    (2) ダイアモンドアンビルセルを用いた超高圧下での分子性導体β'-Me4P[Pd(dmit)2]2の電気的性質
    研究担当者:崔,田嶋(尚),加藤(加藤分子物性研究室)
     金属錯体Pd(dmit)2のアニオンラジカル塩は準三角格子を持つ物質で,EtxMe4-xZ+ (x= 0-2, Z=N, P, As, Sb)など嵩高さの異なるカチオンによる物性制御が可能である。最近では,スピン液体状態やValence bond solid状態などの新しい物性が数多く発見されてきた。この系の多くは常圧でモット絶縁体であるが,比較的低い圧力をかけることにより,単量体のHOMOに由来する伝導バンドのバンド幅が拡がることによって,金属性,さらには超伝導を示す。その中で,Me4P塩だけは,キュービックアンビルを用いた8万気圧までの高圧測定でも完全な金属化を実現できなかった。しかし,HOMOバンドとLUMOバンドとが交叉するPd(dmit)2塩では,このような場合でも,さらに高い圧力を印加すると2つのバンドのバンド幅が拡がり,両者が重なることによって新しい金属状態が実現すると考えられる。そこで,小さい先端面積を持つダイアモンドアンビルを用いて抵抗測定を行ったところ,Me4P塩が9.9万気圧で完全な金属状態になることを見出した(図)。また,今までダイアモンドアンビルを用いて発生させた圧力は一軸性が強いと考えられていたが,今回は,測定法の改良により,8万気圧まではキュービックアンビルの場合とほぼ同様の結果が得られ,静水圧性の高い測定であることも証明された。


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    (3) 分子薄膜中の電場による電子状態変化
    研究担当者:川合(真),加藤(浩)(川合表面化学研究室)
     近年,有機薄膜トランジスタ(有機TFT)の性能は,飛躍的に向上しているにもかかわらず,駆動中の電子状態については,未だ不明なところが多い。そこで,電場中におけるペンタセンTFTの電子状態を,独自に立ち上げた蛍光収量X線吸収分光(FY-XAS)によって調べた。この手法は,従来の電子収量法と違って,薄膜内部の電子状態を観測できるほか,電場によって信号が歪められる懸念も無いため理想的な測定手法である。実際に,ペンタセン薄膜の電子状態をFY-XASによって調べたところ,XASスペクトルのバイアス依存性を検出することに成功した(右図)。図aにはバイアスを0Vと-90Vに印加したときのスペクトルを重ねて示し,図bにはそれらの差スペクトルを拡大して示してある。差スペクトルの特徴として,XASスペクトルに顕著な285eV付近のピークに変化は見られず,292eV付近にピークを持つブロードな変化が見て取れる。これらのスペクトル変化は,ペンタセンの無い試料では検出されないので(図bの点線のスペクトル),ペンタセン薄膜に起因する電子状態変化であることは間違い無い。詳細なバイアス依存性を調べたところ,このスペクトル変化は,電界によって有機分子内のポテンシャルが歪められている結果であることが示唆され,現在,その帰属について検討を進めている。



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  2. 新機能を示す多核希土類錯体の開発
    (1) d-f異種金属混合型多核錯体の合成,構造と反応性
    研究担当者:侯,西浦,島,今野,程(侯有機金属化学研究室)
     四核ヒドリドクラスター1にカルボニル(一酸化炭素)配位子を持つd-ブロック遷移金属錯体Cp*M(CO)2 (M = Rh, Ir)を反応させると,d-ブロック遷移金属錯体上のカルボニル配位子の多段階還元反応が進行することを見いだした。本反応で生成した新規錯体の構造はすべて単結晶X線構造解析によって決定され,錯体1とCp*Rh(CO)2との反応では,Y/Rh異種金属混合型のジメチル/ジオキソクラスター2が生成し,Cp*Ir(CO)2との反応では,メチル/カルベン/ジオキソクラスター3が生成していることを明らかにした。本結果は一酸化炭素の選択的還元触媒の開発にもつながりうる重要な知見である。さらに,ハーフサンドイッチ型希土類錯体とd-ブロック遷移金属ヒドリド錯体の反応による,d-f異種金属混合型ポリヒドリドクラスターの合成や(Scheme 2),配位性ホスフィン側鎖を持つCp配位子を利用した希土類/Pt二核錯体の合成と単結晶X線構造解析も行った(Scheme 3)。これら希土類金属とd−ブロック遷移金属を有する異種金属錯体は,金属間の協同効果が期待される興味深い錯体であり,その反応性などについてさらに研究を進める予定である。



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    (2) 有機金属錯体を基盤とする新規発光材料の開発
    研究担当者:侯,西浦,瀧本,Rai(侯有機金属化学研究室)
     燐光性有機EL材料は蛍光性有機EL材料に比較し,原理的に高い発光効率を実現しうることから注目されている。しかし一般に,燐光性材料は分子間相互作用による自己消光を起こしやすく,所定の発光特性を得るためにデバイス作成時において,濃度を精密に制御して発光層を構築することが必要である。そこで,濃度依存性の少ない燐光性有機EL材料の開発が望まれていた。本年度の研究において,当チームでは燐光性材料として興味深い性質を持つ,Irアミジナート錯体4,5の合成に成功した。錯体4,5はともに単独の固体(フィルム)状態にて強い光励起発光を示し(錯体4は緑色,錯体5は赤色),固体状態においても分子間相互作用による自己消光が非常に少ないことがわかった。更に,これらIr錯体をCPB(4,4'-N,N'-dicarbazoylbiphenyl)にドーピングしたものを発光層とした有機ELデバイスでは,発光効率や発光スペクトルなどの特性はCPB中のIr錯体の濃度にほとんど依存せず,またこれらのIr錯体を単独で用いて発光層を構成することも可能であった。このような特性は嵩高いアミジナート配位子によって分子間相互作用が強く抑制されていることに起因すると考えられる。今後,様々な配位子を持つ類縁錯体を合成し,さらなる効率化や青色発光の実現等を目指す。

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    (3) ルテチウム錯体による二酸化炭素とシクロヘキセンオキシドの共重合
    研究担当者:(侯,崔,西浦(侯有機金属化学研究室))
    ハーフサンドイッチ型アルコキシド錯体に関しては,4族の金属錯体は数多く報告されているが,対応する希土類錯体は非常に少ない。ハーフサンドイッチ型ルテチウムジアルキルと1当量のフェニルシランを反応させ,その後フェノール配位子を加えたところ,ハーフサンドイッチ型ヒドリドアリールオキシド錯体が高収率で得られた。この錯体は二酸化炭素とシクロヘキセンオキシドの共重合反応に高い活性を示し,カーボネート鎖の割合が最高99%のポリエステルが得られることがわかった。 一方,エンインユニットを有する新規EL発光材料の開発を行っており,EL特性の評価に関しては川合表面化学研究室の坂口副主任研究員と共同研究を行っている。

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  3. タンパク質機能制御の研究
    (1)プロテインキナーゼCα阻害剤IB6AおよびIB-15Aの阻害メカニズム解析
    研究担当者:田村,平井,袖岡(袖岡有機合成化学研究室)
     プロテインキナーゼCはタンパク質リン酸化酵素であり,その活性化にはC1ドメインリガンド,カルシウムイオン,およびホスファチジルセリンが必要である。C1ドメインリガンドとしては,生理的リガンドのジアシルグリセロールや,発がんプロモーターであるホルボールエステル等が知られており,これらはPKC活性化剤として働く。一方我々は,C1ドメインリガンドであるIB誘導体IB-6AとIB-15AがPKCαを活性化せず,ホルボールエステルによるPKCα活性化を阻害することを見出していた。また昨年度の検討によって,これら化合物はホスファチジルセリンとPKCαとの相互作用に影響を与えて,阻害活性を示している可能性があることがわかった。今年度は,Biacoreを利用してこの相互作用の詳細な解析を検討した。

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    (2) p38タンパク質と低分子化合物の相互作用解析
    研究担当者:齊藤, 奥村,長田(長田抗生物質研究室)
     細胞内シグナル伝達分子の一つであるp38 MAPキナーゼは,様々な刺激に反応して活性化されるセリン/スレオニンキナーゼである。p38の特異的阻害剤は複雑なp38の生体内での役割を研究するための小分子プローブとなるだけでなく,抗炎症剤や抗がん剤への可能性も持っている。我々は,His-hp38をコードしたプラスミドを導入した大腸菌の生育が遅れること,そしてその生育遅延がp38阻害剤で回復する事を見出した。そこで,この現象を利用した新規スクリーニング方法を開発し,新たな阻害剤のリード化合物の探索研究を行った。その結果,ベンジルクマリン化合物が阻害剤候補として見出され,合成研究による構造-活性相関研究により,3-benzyl-7-hydroxy-4-methycoumarinが強い活性を示すことが明らかとなった。またin vitro及び細胞によるアッセイにより,阻害活性に必須である官能基が同定され,さらにSPRイメージング法により,ベンジル基がp38への直接の結合にも必要である事が示唆された。

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  4. 蛍光タンパク質の開発
    (1) 細胞分裂の直後の核膜透過性の再評価:フォトコンバージョン可能な4量体蛍光タンパク質KikGRを用いて
    研究担当者:下薗,宮脇(細胞機能探索技術開発チーム)
    現在の教科書における記述では,核膜の透過性は細胞周期を通じて一定であり,分子量約60k以上の分子は核膜を透過できないとされてきた。今回,フォトコンバージョン可能な蛍光タンパク質KikGRを用い,細胞分裂後少なくとも30分間は間期に比べて核膜の透過性が高いことを明らかにした。更にタイムラプスイメージングでの実験により,細胞分裂後の最初期は分子量約210kのタンパク質も細胞質から核へ透過できることを明らかにした。

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    (2) 蛍光蛋白質の緑>赤色変換におけるE1脱離機構
    研究担当者:筒井,水野,宮脇(細胞機能探索技術開発チーム)
     紫外光で色が緑から赤へ変わる蛍光タンパク質kikGRの緑色状態と赤色状態の結晶構造解析を行った。紫外光で色が換わる蛍光タンパク質Kaedeと同様に,β脱離反応が起きていることを確認した。ところが,形成される発色団は,Kaedeとは異なる立体配置をとっていた。この知見はβ脱離反応における準安定な反応中間体の存在を示唆し,光依存的色変換におけるE1反応の妥当性を証明するものである。


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分子アンサンブル測定・解析研究
測定・解析グループと協力し,広範囲にわたる分子系が示す種々の複雑な現象・機能を局所的電子状態の協奏的連携として理解し統一的原理の構築を目指す。特に,「生体物質の機能の電子論的究明」を大目標の一つとして設定する。
  1. 放射光X線を用いた機能性分子システムの局所電子状態解析
    (1) 環境応答型細胞情報伝達系における分子間・分子内相互作用の研究
    研究担当者:城,中村(城生体金属科学研究室)
     細菌や菌類,植物の環境(光,酸素,栄養等)感知・細胞内情報伝達は,環境センサーとして働くヒスチジンキナーゼ(HK)と,レスポンスレギュレーター(RR)の二つのタンパク質間のATP 依存性のリン酸基転移反応を介して行われ,「二成分情報伝達系」と呼ばれる。現在,数千種もの二成分情報伝達系遺伝子が明らかになっているものの,HKの環境因子感知の分子機構は依然不明である。本研究は,環境変化に応答した細胞内情報伝達における,「ドメイン間の分子内情報伝達機構」,「HKのATP依存性自己リン酸化機構」および「HK-RR間におけるリン酸転移機構」を非共有結合相互作用の観点から解明することを目的としている。
    好熱菌Thermotoga martimaのHK/RR複合体の結晶構造を構造生物学専門雑誌Structureに報告した。 ジフテリア菌はヒト上気道粘膜に感染する病原菌であり,宿主の血液ヘモグロビンのヘムを主な鉄源としており,ChrS/ChrA(HK/RR)が周囲のヘム濃度を感知するセンサーの候補として挙げられている。われわれは,chrS遺伝子を発現させた大腸菌の細胞膜からChrSを界面活性剤を用いて可溶化,精製した。次に,精製したChrSをリン脂質二重膜(リポソーム)に埋め戻し,ヘム依存的自己リン酸化活性の再構築に成功した。ChrS の自己リン酸化は非鉄金属ポルフィリンでは活性化されないことから,ヘムだけを感知するヘム特有のセンサーであることが示された。また,ChrSの結晶化を開始した。

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    (2) タンパク質−補欠分子構造における分子内相互作用の研究
    研究担当者:菊地(城生体金属科学研究室)
     結晶構造解析を基にして行った理論計算の結果,赤色蛍光タンパク質(DsRed)のPhe14をLysに置換することで蛍光ピーク波長が579nmから636nmにまでシフトすることが予想された(京大工学部の量子化学グループとの共同研究)。しかし,実際のPhe14Lys変異体を作成したところ,発色団の形成効率が極めて悪く,理論計算で示されたような蛍光ピークは観測できなかった。Phe14がDsRedの発色団形成に関与している証拠は示されていないが,この結果は蛍光タンパクにおける発色団形成メカニズムの理解が未だに不十分であることを示唆している。
    現在までに構造解析がなされた蛍光タンパク質の発色団はいずれも-X-Tyr-Gly-のアミノ酸配列から形成され,3番目のGlyはその形成に必要不可欠だと考えられているが,近年,新規にクローニングされたナメクジウオ由来の蛍光タンパク質では-X-Tyr-Ala-のアミノ酸配列から発色団が形成されていると推定されている。そこで,本年度は,蛍光タンパク質における発色団形成メカニズムの理解をさらに進めるため,この新規蛍光タンパク質の結晶化を行った。得られた結晶から1.4Å分解能で結晶構造解析を行うことに成功し,-Gly-Tyr-Ala-のアミノ酸配列から形成された新規な構造を持つ発色団を見出すことに成功した。さらに,いくつかのナメクジウオ由来の新規蛍光タンパク質の結晶構造解析を進行させており,今後,蛍光タンパクにおける新たな発色団形成メカニズムの提唱が期待される。
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    (3) 電子分布および静電ポテンシャルマッピングによる分子性導体の電荷移動の直接観察
    研究担当者:吉田,加藤, 高田(高田構造科学研究室)
     本研究の目的は,放射光粉末回折実験により得られた高精度回折データから,独自に開発したマキシマムエントロピー(MEM)法を用いて電子密度マッピングを行い,それを基にした静電ポテンシャルを可視化することにより,分子性導体α-(BEDT-TTF)2I3の金属−絶縁体(M-I)転移に伴う分子間相互作用の微細な変化を明らかにすることである。電荷整列が主たる要因と考えられている,この分子性導体の金属絶縁体転移の本質について解明することにより,分子アンサンブル研究における,静電ポテンシャルの可視化技術の有用性を実証することを目指してきた。これまで,分子間の相互作用をより精緻に可視化するため,得られた静電ポテンシャルを微分した電場を計算し,分子間における相互作用の可視化の場を原子サイトから原子分子間空間へと広げた。この解析から,α-(BEDT-TTF)2I3のM-I転移にヨウ素分子からBEDT-TTFの分子への相互作用が関わっている可能性が示唆された。平成21年度は,Mulliken's Schemeにより,より精密なヨウ素分子の空間電子数を計算したところ,ヨウ素分子の電子数が相転移前後で大きく変化していることが明らかとなった。現在,原子の異方性を考慮に入れた静電ポテンシャル解析を行っているところである。
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    (4) タンパク質の精密電子密度マッピングの解析手法開発
    研究担当者:水野, 高田(高田構造科学研究室)
     最大エントロピー法(MEM)を単結晶X線結晶構造解析に適用し,金属含有タンパク質の活性中心近傍の電子密度分布を精密に可視化することにより,反応過程を分子構造と電子密度分布の変化として観測する新しい機能相関研究へと発展させることを目指している。これまで,高分子量有機分子である多核希土類金属ヒドリド錯体および,ポルフィリン超分子複合体の単結晶構造解析データにMEMを適用した際の定量性について詳細に検討を行ってきた。MEM解析の結果,精密データ測定法の基準を確認し,各分子において,活性中心である金属に配位する水素1電子を可視化することができるようになってきた。21年度は,Y4MoH9が水素化する過程を可視化することに成功した。その結果から,水素は数時間以上かけてY原子間をホッピングしており,またそれに伴って既存の水素が0.6Å近く移動することが明らかになってきた。
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    (5) 超低温高圧下X線回折による超伝導分子性結晶の構造物性研究とX線磁気回折法の開発
    研究担当者:大隈, 高田(高田構造科学研究室)
     分子性結晶を対象とした極限条件下の構造科学研究への期待が高まっている.しかし,ヘリウム循環型冷凍機とダイヤモンドアンビルセルの組み合わせでは,分子性結晶において興味が持たれる温度圧力条件を達成することは困難である.そこで,我々は,ヘリウム4連続フロー式クライオスタットと金属ベリリウム製クランプ型セルの組み合わせにより,試料を0.5GPaまで加圧した状態で1.5 Kまで冷却できる超低温高圧下X線回折装置の整備を進めている.本年度は,室温での印加圧力と低温での実現圧力の関係を,錫の超伝導転移温度の圧力依存性を利用して決定した.また,試料からの回折データに及ぼすベリリウム製シリンダーからの散乱の影響について評価を行い,二次元検出器を利用した回折強度測定によっても構造決定が可能な見通しを得た。今後は,ビームラインに設置されているCCDカメラを検出器とする回折計とヘリウム4連続フロー式クライオスタットとの組み合わせにより,極限条件下の分子性結晶の構造決定を目指す。
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    (6) 異常X線小角散乱法によるタンパク質に収容された金属原子の可視化
    研究担当者:伊藤, 高田(高田構造科学研究室)
     X線小角散乱法は溶液中のタンパク質分子の大きさ,形状,集合状態に関する構造情報を得ることができる強力な手法であるが,異常分散効果を利用した異常X線小角散乱法(ASAXS)により金属含有タンパク質と金属元素の構造情報を分離することができる。さらに,ASAXSによって得られた構造情報を逆モンテカルロ法(RMC)や最大エントロピー法(MEM)を駆使して実空間情報へと可視化する技術を合わせて開発し,構造情報と溶液中分子の電子状態に関する情報を組み合わせることにより従来とは質的に異なるタンパク質分子の機能構造相関研究を目指している。フェリチンは分子量48万,内径8 nm,外径12 nmのCore-shell状タンパク質であり,生体中でFeを蓄積する役割を担っているが,その蓄積過程は構造科学的にはまだ解明されていない。また,フェリチンはFeのみならず様々な金属を取り込むことが可能であり,そのサイズをナノレベルで制御できる可能性がありナノテクノロジー分野においても注目されている,昨年度はFe含有フェリチンの試料調製方法の検討およびFe吸収端陰謀でのASAXS実験を行った。今年度はデータの詳細解析を進め,Feクラスターからの構造情報を得た。下図に平均67,99,167個のFe原子を取り込んだフェリチン中のFeクラスターのみの構造情報に対応する共鳴散乱曲線を示す。今後,一次元情報から三次元情報を得るためのモデリング手法の開発を進めていく。
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  2. 軟X線発光分光によるアミノ酸・タンパク質の電子状態の研究
    研究担当者:辛,原田,田口,徳島,堀川(励起秩序研究チーム)
    ガスや固体を中心として発展してきた軟X線発光分光を生体溶液中の特定の元素の電子状態分析にも応用するため,装置開発 (図: 発光分光器 High Efficiency Photon energy Analyzer 2,5),実験手法開発および新しいスペクトル解析手法の開発を行ってきた。タンパク質の代表例として,ミオグロビンを対象とした。ミオグロビンは,活性点に金属元素を一つしか含まないため,軟X線発光分光の元素選択性という特長を活かすことができる。また,活性点(ヘム)を取り巻くポリペプチド鎖についても,電子状態という視点で改めて考察するため,溶液中のアミノ酸とその重合鎖の研究を行った。
    ↑年次報告
    (1) ヘム蛋白質の電子状態の理論解析
     本研究は,タンパク質を物性物理研究で馴染みの深い一種の分子凝縮系としてとらえ,凝縮系物理が今まで培ってきた様々な成果を駆使して,その電子状態を理論的に明らかにし「機能」発現のメカニズムに迫ろうとする試みである。昨年度は,ヘムタンパク質ミオグロビンの鉄中心の電子状態観測を目的とした軟X線共鳴発光分光の実験結果の理論解析を,クラスター模型を用いて行った。平成21年度は,これまで開発してきたクラスター模型計算手法を発展させ,鉄イオンの3d電子間の強い電子間相互作用による多体効果と,その鉄イオンの周りに空間的に広く存在するポルフィリン環全体の分子軌道状態の両方を量子論的に厳密に取り扱った鉄・ポルフィリン環クラスター模型の開発を行った。
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    (2) 溶液中のアミノ酸,ポリペプチドの電子状態
    一般的によく知られているように,タンパク質は,温度,圧力,pH等がある範囲の値から外れると,折りたたまれてまとまった(フォールディング)状態から,ほどけた(アンフォールディング)状態になってしまう。このような現象には,タンパク質の側鎖の電離や溶媒との水素結合が大きくかかわっている。しかし,軟X線発光分光法のような元素選択性を持つ手法を用いても,タンパク質のように大量の炭素,窒素,酸素で構成されている巨大分子においては,得られるスペクトルの解釈は困難である。そこで,我々はタンパク質そのものを調べるのではなく,タンパク質の構成要素であるアミノ酸あるいはアミノ酸の重合体であるポリペプチドの水溶液中での性質を調べる研究を行っている。
    我々は,これまでに,グリシン,リシン,システインの軟X線発光測定を行い,pH変化による電離の様子を軟X線発光スペクトルから検出することに成功した。アミノ酸が水分子に取り囲まれることによって起きた変化をより詳細に研究するためには,アミノ酸を構成する官能基の水溶液中での性質を研究する必要がある。そこで,本年度は水溶液中のより単純な分子の電子状態の観測を行うことで,水が溶質分子へおよぼした影響を調べる研究を開始した。例えば,酢酸分子ではpHによる軟X線発光スペクトルの大きな変化が観測され,分子軌道計算の結果との比較から酢酸のカルボキシル基の電離による電子状態変化であることを確認できた。右図は,(a)塩基性水溶液中でカルボキシル基が電離したAcetateイオン,(b)電離していない酢酸分子の軟X線発光スペクトルである。図の下側に示したように,分子軌道計算と良く一致する。このように,分子軌道計算との直接比較が可能になったことで,軟X線発光スペクトルを分子軌道と比較して解析することが可能になったため,アミノ酸に関する研究の今後の進展が期待される。

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    (3) アミノ酸,タンパク質の軟X線発光実験のための装置開発
    アミノ酸,タンパク質水溶液の軟X線発光測定のために,高効率化,高分解能化を目指して装置の開発を行ってきた。今年度は,熱伸縮によるエネルギー軸の時間変動を抑えるために検出器の支持構造の改良を行った。これによって,位置の変動は数時間で±1μm程度と以前の1/10以下になり,E/ΔE=2000を超えるエネルギー分解能を恒常的に達成できるようになった。 また,今年度は,軟X線発光スペクトルの定量性を向上させるための開発を行った。薄膜窓材の微弱な帯電によって,発光強度がふらつくことが判明したため,窒化シリコン窓材表面の金属膜の厚さ,下地金属の最適化を行った。その結果,発光強度のふらつきが小さくなり定量的な測定が可能になった。右図(a)に示したのは,酢酸の軟X線発光スペクトルの濃度依存性の測定結果である。濃度が薄くなると,水による寄与が増加し,スペクトルの形状が変化するのが観測される。濃度に依存した曲線を描く発光スペクトルの面積強度を,理論式をたてて解析すると水による寄与を図中(b)のように推定することが可能になる。この結果を用いると,図中(c)に示されるように0.25〜4[mol/L]の濃度範囲のスペクトルにおいても,スペクトルの形状が同一になり,水の寄与をただしく差し引くことができていることが分かる。このように,定量性を向上させることで,軟X線発光スペクトルのより詳細な解析が可能になる。
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  3. 機能性分子系の局所磁気状態の解明
    STMを用いた単一スピン検出
    研究担当者:小野,花栗,木(高木磁性研究室)
     個々の原子や分子内に局在するスピン状態を調べるために,静磁場中におけるスピン歳差運動をトンネル電流を通して検出する装置であるESR-STMを立ち上げている。これまでいくつかの研究グループによって,この手法を用いてスピンの位置とg値を求めた例はあるが,観察条件や信号強度の観点から再現性に乏しく,信憑性にかける。 そこで本研究ではESR-STMを一つのスピン検出手法として確立させるために,STMの高安定化,試料作製および観察条件の制御性向上,微弱な信号検出の高効率化をそれぞれ,超安定STMヘッド,超高真空・低温・高精度磁石,低温低雑音増幅器などの組み込みにより行った。その結果,STM/STSが3日間安定して測定できる装置であることが確認された。また,スピンを検出するためにフリーラジカルのTEMPO分子をグラファイト上に蒸着し観察を行ったが,分子の蒸気圧が高くスピン検出用の標準試料としては適さないことがわかった。現在スピン検出用標準試料の選定を行っており,分子磁石や金属錯体などのスピン状態観察を予定している。
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    収量検出磁気共鳴・過渡光吸収検出による2・3 スピン連携
    研究担当者:坂口(化学分析チーム)
     有機半導体では,電子の担い手はラジカルイオンである。ラジカルイオンは奇電子によるスピンを持ち,電極界面では正・負のラジカルイオン対が形成される。このスピン対は一重項または三重項状態で,電荷再結合過程は多重度により変化する。このスピンを磁気共鳴の手法を用いて操作することで,ラジカルイオン対の挙動を制御し,電子移動過程の詳細を明らかにすることができる。
     これまでの研究成果から,キャリアのスピン間に働く交換相互作用の大きさが電場により変化するという推測が得られ,キャリア注入と電場印加を別個に行なえる,3電極型セルの製作を検討している。製作する素子は,陰極の外側に絶縁層をおき,電場印加電極をその上に重ねる構造とした。絶縁材料としてLiFは不適なことが分かり,SiOの蒸着条件を検討した。素子構造のレーザー顕微鏡観察を行ない,有機層は予想通り,また金属層は膜厚計の指示通りであるが,SiOについては膜厚計指示の6倍もの厚さがあることが明らかとなった。製作された素子の絶縁状態は満足できるものもあるが,ほぼ導通状態になってしまうものもあり,均一性に欠け,今後更に改善する必要がある。
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  4. 分光法による機能性分子系の研究:界面選択的偶数次非線形分光の応用
    研究担当者:渡邉, 山口,田原(田原分子分光研究室)
     我々は新しい界面選択的な非線形分光を開発して界面の研究を行っている。これまでに,溶液の吸収スペクトルに匹敵する質で界面分子の電子スペクトルを測定できるマルチプレクス電子和周波(ESFG)分光を開発した。さらにこのESFG分光を発展させてヘテロダイン検出を実現し,約100 nmというきわめて広い波長範囲で一度にχ (2)スペクトルの実部と虚部を測定できるHD-ESFG分光法を開発した。今年度は,代表的色素分子であるクマリン(C110)分子を取り上げ,空気/水界面における分子の溶媒和の状態を実験と理論の両方を用いて総合的に調べた。まずわれわれの研究室で開発されたHD-ESFG分光でクマリンの電子スペクトルを測定した。続いて,界面における分子の配向角の情報を与える第二次高調波発生(SHG)の偏光測定を行った。これら二次の非線形分光の実験データを,分子動力学(MD),分子軌道法(MO)といった理論的計算を組み合わせることで,空気/水界面におけるC110の状態を明らかにした。MOで計算した超分極率とHD-ESFGのデータからC110の配向を決定したが,これはMDで求めた分子配向の分布と一致した。また,二次の非線形感受率χ (2)をMOとMDで算出してSHGデータを再現したところ,これも実験結果と良い一致を示した。さらに,SHGデータと理論計算との整合性から,界面の屈折率は水の屈折率と等しいと考えるのが適当であることがわかった。実験との比較によって妥当性が確かめられたMD計算の結果に基づいてC110分子周囲の水和構造を詳細に調べた。C110分子が「半分」だけ水和されていることや,C110との相互作用によって外側の水和圏が形成されている様子が明らかとなった。


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  5. 多重極限μSR実験装置の開発研究
    研究担当者:松崎,渡邊(岩崎先端中間子研究室)
     分子性物質のスピンダイナミクスの微視的研究手法の高度化のため,理研RALミュオン施設(英国 Rutherford-Appleton 研究所内に設置)においては,極限条件下におけるミュオンスピン緩和(μSR)法の開発を進めている。本研究グループの最大の開発要素は,この極限条件下μSRを可能にする新しいμSR分光器の開発および設置である。平成21年度においては,前年度に製作を完了した分光器の設置を完了させ,ミュオン検出器を取り付け,実際のミュオンビームを用いて検出効率の調整を行った。図1に理研RALミュオン施設に設置されたμSR分光器を示す。分光器は,理研RALミュオン施設のポート4実験エリアへ設置した。磁石励磁用電気配線・冷却水配管・インタロック信号配線の設置を完了した。主磁石の励磁試験を実施し,所定の磁場が達成されたことを確認した。今後はインタロックの試験等を繰り返し,RALにおける安全基準を満たすための安全性能の確認作業を実施する計画である。一方,計600本におよぶ検出器の束を試料位置に比して上流・下流側に設置をした。図2に設置した検出器の束の写真を示す。取り扱いが楽になるように,検出器の配置を考慮したフレームに検出器を設置することにより,全数を単純作業で取り付けられるようにしている。取り付け後,実際のミュオンビームを用いて各検出器の調整作業を実施した。検出器からえられるミュオン信号をより鮮明に検出可能にする条件を調整し,ノイズの少ない信号条件を探している。今後は,より最適化された信号条件を用いて実際の時間スペクトルの測定をおこなうことにより,検出器系のリニアリティの確認,信号強度の確認等を実施してく予定である。実際の実験への投入は,平成22年度後半における長期シャットダウン以降になる予定である。
     この新しいμSR分光器の開発に平行して,世界唯一の特殊条件下μSR実験条件となる,ガス加圧型μSRセットアップを用いた高圧μSR測定を展開した。図3に実際に実験を実施している状態における高圧μSRセットアップの状態を示す。高圧装置の詳細は昨年度の年報に報告した。この高圧μSRセットアップはRALの高圧グループと共同開発を進め,現有するクライオスタットを用いて2Kまで冷却することが可能である。平成21年度においては,UK側実験グループおよび理研側実験グループともにこの装置を用いて複数の高圧μSR実験プログラムを展開した。ガス加圧装置および高圧セルの外部よりミュオンを試料位置に入射する条件等による制約から,最高印加圧力が6.4 kbarと低めであるが,室温までの温度範囲において均一の圧力印加が可能であるという特性を生かし,特に有機磁性体における磁性の圧力依存性の測定を展開した。一例として分子性導体(DMe-DCNQI)2Cu における低圧領域での磁気相図を図4に示す。この系は分子置換による化学的圧力を利用した圧力相図が提案されている。特に400 bar近傍において低温で金属絶−縁体転移が観測されており,他の測定手法による結果を考慮することによって,磁気基底状態にも変化が伴う可能性が示唆されている。この系に開発したガス加圧装置で均一な外圧を印加し,低圧領域での相境界の存在をμSRによって検証した。結果として,提案されている相境界近傍で明確な磁気転移が観測された。図4上図に今回の高圧μSR測定から得られた磁気転移点を示している。低温・低圧条件において基底状態が400bar近傍において常磁性状態から磁気秩序状態への不連続的な圧力変化を示しており,化学的圧力を利用した測定より提言されている相境界の存在を確認することができた。また,図4下図に示すように,この磁気秩序状態の体積分率が1次相転移的に変化していることもわかった。この測定結果より(DMe-DCNQI)2Cuでは,金属−絶縁体転移と同時に基底状態が磁気秩序状態へと変化していることが明らかになった。
    (DMe-DCNQI = 2,5-Dimethyl-N,N'-Dicyanobenzoquinonediimine)
     



     

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