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分子アンサンブル制御・開発研究 Molecular Ensemble Development Research |
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分子アンサンブル測定・解析研究 Molecular Ensemble Analysis Research |
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分子アンサンブル制御・開発研究 局所電子状態,分子間相互作用を設計・制御することによって新しい分子化合物や分子機能を開発することを目指す。大きな目標として,以下の2つのテーマを2本柱とする。 ・分子デバイス実現に向けての基礎の確立 ・触媒機能の制御と高度化(有機金属触媒,タンパク質機能制御)
(1) 微小電極による分子性導体の基板上単結晶成長とその電気特性評価 研究担当者:山本(浩),川椙,池田,鈴木,加藤(加藤分子物性研究室);塚越(河野低温物理研究室) 分子性導体の微小結晶をシリコン基板上で成長させ,その電気特性を基板上で直接測定することによって,結晶サイズ効果の評価やゲート電圧を用いた各種電気測定等を可能にし,分子性導体の新たな側面を見いだそうと考え検討を行った。 (DMe-DCNQI)2Agのマイクロ/ナノ結晶については,昨年度に引き続き抵抗変化型メモリ(RRAM)素子としての動作様式について検討を行った。その結果,観測される双安定抵抗動作は,(DMe-DCNQI)2Agと金電極の接触界面で起きている現象であることが解明された。また,動作様式は抵抗のon/offスイッチと整流作用が組み合わさったものであり,双安定整流素子と呼ぶべき特徴的な様式であることが明らかとなった。さらに(DMe-DCNQI)2Agの基礎物性についても四端子測定を新たに行い,以前二端子測定で確認した100 K付近の金属−絶縁体転移をより明確に確認することができた。 また,これとは別にα-(BEDT-TTF)2I3の結晶を基板上で成長させて四端子測定と電界効果の測定を行った。バルク結晶では135 Kで起きることが知られている金属−絶縁体転位の臨界温度が,基板上のマイクロ結晶では約150 Kに変化することが四端子測定により明らかとなった。また,転位の温度幅がバルクに比べて広くなる現象も確認された。電界効果についてはゲート電圧を印加しながら温度依存性を測定し,約80 K付近で最も効果が大きくなることを明らかにした。 一方,結晶成長における位置・サイズ・方向等の制御についても検討を行った。電気分解で結晶を成長させる際は,結晶成長極と反対極との配置関係や,流す電流の大きさ・極性を変化させることにより,結晶成長の様子が変化することを明らかにした。また,電極に対してレーザー等で傷をつけ,その部位で優先的に結晶成長が見られることを確認した。 (DMe-DCNQI = 2,5-Dimethyl-N,N'-Dicyanobenzoquinonediimine, BEDT-TTF = bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene) (2) 分子薄膜層における電荷注入と物性制御 研究担当者:川合,加藤(浩)(川合表面化学研究室) 近年,電子デバイスにおける新規な機能性を拡充するために,分子デバイスの研究が盛んに行われている。有機分子材料は,未来のフレキシブルディスプレーや大型ディスプレーの大量生産に向いているとされるほか,各種のセンサー(特にバイオ分子センサー)へ利用される期待も高い。また,材料である分子そのものに機能を加えることで,より高度なデバイスの実現が期待され,単分子デバイスを目指した研究も数多く報告されている。中でも,有機分子へ電荷を注入し分子の特性を制御することは,機能性分子を用いた分子デバイスに様々な可能性を与えるものである。 有機電界効果トランジスタ(有機FET)は,電界によって有機分子薄膜へキャリアを注入し,薄膜の導電性を制御する電子素子である。基本的な動作原理は,シリコンに代表される無機半導体と同様に,フェルミ準位近傍の電子状態バンドベンディングによって説明されている。しかしながら,分子薄膜の場合,分子の電子状態は局在性がより強いので,無機半導体に見られる電子状態変化とは異なる可能性がある。また今後,有機分子材料の物性を積極的に利用することを念頭に,電子状態の違いに関する理解を深めることは重要である。これらを明らかにするためには,電界印加によって分子薄膜内(特に電極や絶縁膜との界面)で,実際にどの様な電子状態変化が起こるのかをより直接的に観測することが求められる。 本研究では,これまでに培ったナノ結晶薄膜を成膜する技術を基に,実際に有機FETを試作して,電界印加状態で起こる有機分子薄膜内部の電子状態変化を直接観測する手法の確立を目指す。通常,分子の電子状態観測には光電子分光等放出電子を検出する各種の測定手法が使われる。しかしながら,物質内の電子の平均自由行程は1 nmに満たないため,有機分子薄膜内(特に界面)の情報を得ることはできない上,印加した電界により放出電子の運動エネルギーが歪められ正しい測定が困難であると考えられる。これに対し,蛍光や発光を検出する測定手法では,従来の電子を観測する測定法の欠点を補うことが可能である。そこで,X線吸収分光において,従来行われるオージェ電子による検出手法に代わって,蛍光X線を検出する手法を適用して分子薄膜内部の電子状態観測を試みた。これによって,実際に有機薄膜内部の電子状態を再現性よく観測できることを確認した。また,電極を施した試料に対しても検出器の感度を向上させる等して,薄膜内部の電子状態を測定できることを確認することができた。 (1) 希土類金属錯体触媒を用いるカルボジイミドへの二級アミンの付加によるN, N', N" ,N" -四置換グアニジンの合成 研究担当者:侯,西浦,張(文)(侯有機金属化学研究室) ハーフサンドッチ型イットリウムアルキル錯体[{Me2Si(C5Me4)(NPh)}Y(CH2SiMe3)(thf)2]を用い,カルボジイミドR"N = C = NR"への二級アミンHNRR'の求核付加反応を行うと,反応は触媒的に進行し,N, N' ,N", N" -四置換グアニジンが得られた。イットリウムグアニジネート種が真の触媒活性種であり,直接的かつ原子効率の高い方法で四置換グアニジンが得られる。この反応は,金属触媒によるカルボジイミドへの二級アミンの付加の最初の例である。 (2) 有機アルカリ金属化合物を触媒とするホスフィンのカルボジイミドへの付加反応の開発とホスファグアニジンの高効率的合成 研究担当者:侯,西浦,張(文)(侯有機金属化学研究室) n-ブチルリチウムBuLiやカリウムビス(トリメチルシリル)アミド(Me3Si)2NKのような有機アルカリ金属化合物を用い,カルボジイミドR"N = C = NR"へのホスフィンHPRR'の求核付加反応を行うと,反応は触媒的に進行し,ホスファグアニジンR"N = C(PRR')(NHR")が得られた。この反応は,ホスファグアニジンの初めての一般的な合成法であり,芳香族−ハロゲン結合を有する化合物にも適用することができる。原子効率も高く,溶媒を使わなくても反応を行うことができる。 (1) PKC-C1ドメインへのリガンドの結合能評価を目的とした低分子蛍光プローブの作成 研究担当者:平井,小山,袖岡(袖岡有機合成化学研究室) プロテインキナーゼC(PKC)は,リン脂質,カルシウム依存性のタンパク質リン酸化酵素である。PKCは,リガンド結合性のC1ドメインを2つ有しており(C1a,C1bドメイン),ここには生理的リガンドである1,2-diacylglycerol (DAG) や発ガンプロモータであるphorbol ester等が結合する。リガンドが結合すると,PKCはリン脂質−リガンドとの3者複合体を形成し,活性化コンホマーへと構造変化することが示唆されている。PKCの機能解析のためには,C1ドメインに結合する人工的リガンドが必須であり,当研究室ではisobenzofuranone (IB) を基本骨格とした新規リガンドを創製している。リガンドのPKCへの結合能評価法としては,phorbol esterのトリチウムラベル体[3H]PDBuをトレーサーとした競合的結合阻害実験法がよく用いられていたが,近年になってPKCαではphorbol esterがC1bドメインに優先的に結合することが報告され,従来法ではC1bドメインの結合能評価しかできていないことが示唆された。C1aドメインへの結合能評価を実現するため,C1aドメインに優先的に結合することを見いだしたIBリガンドに蛍光団を導入した新規トレーサーを合成することを計画した。また,IB誘導体の蛍光プローブは,脂質−タンパク質−リガンドの相互作用解析に役立つことも期待される。 本年度は,IB誘導体のリン脂質と相互作用する部位に疎水性の蛍光団であるBIDIPY誘導体を連結した分子の合成を検討した。蛍光団を炭素鎖のみで連結できる分子間オレフィンメタセシス反応を利用し,蛍光プローブの合成に成功した。 (2) タンパク質と低分子化合物(バイオプローブ)の相互作用解析 研究担当者:長田(長田抗生物質研究室) 今年度は,放線菌が生産するテトロン酸アシル化合物RK-682を用いて,タンパク質脱リン酸化酵素とヘパラン硫酸加水分解酵素の両酵素の活性中心に対するドッキングスタディーを行い,さらに非テトロン酸型の特異的阻害剤を設計,合成した。インシリコ研究の推定結果を実証するために,VHRの結晶化に成功し,現在,阻害化合物との共結晶化を行っている。 (3) 蛍光タンパク質における光照射依存的 脱離反応がE1反応で起こることの構造的根拠の解明 研究担当者:筒井,水野,宮脇(脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム) KikGRは,イシサンゴ,キクメイシからクローニングした緑色蛍光タンパク質を元に開発したphotoconvertible蛍光タンパク質である。紫(外)光照射によって緑から赤へ色を変換する。今回KikGRの緑,赤それぞれの状態における結晶構造を1.55 Åの分解能で決定することに成功した。その結果,赤色の状態で62番目の残基ヒスチジン(His62)の中の2つの原子,His62-Cα と His62-Cβ との間の二重結合がシスになっていること,すなわちcarboxamideの脱離とともに中間体(カルボカチオン)が生成し,His62-Cα と His62-Cβ間の結合のまわりで回転が起こっていることが分かった。従ってこの脱離反応がE1反応に依ることが結論された。 |
分子アンサンブル測定・解析研究 測定・解析グループと協力し,広範囲にわたる分子系が示す種々の複雑な現象・機能を局所的電子状態の協奏的連携として理解し統一的原理の構築を目指す。特に,「生体物質の機能の電子論的究明」を大目標の一つとして設定する。
(1) 環境応答型細胞情報伝達系における分子間・分子内相互作用の研究 研究担当者:城,菊地(城生体金属科学研究室) 細菌や菌類,植物の環境(光,酸素,栄養等)感知・細胞内情報伝達は,環境センサーとして働くヒスチジンキナーゼ(HK)と,レスポンスレギュレーター(RR)の二つのタンパク質間のATP 依存性のリン酸基転移反応を介して行われ,「二成分情報伝達系」と呼ばれる。現在,数百種もの二成分情報伝達系遺伝子が明らかになっているものの,HKの環境因子感知の分子機構は依然不明である。環境変化に応答した細胞内情報伝達における,「ドメイン間の分子内情報伝達機構」,「HKのATP依存性自己リン酸化機構」および「HK-RR間におけるリン酸転移機構」を非共有結合相互作用の観点から解明することを目的としている。 (i) 根粒菌の酸素センサータンパク質FixL/FixJは,それぞれ二成分情報伝達系のHKとRRに対応し,酸素濃度を感知し根粒菌の窒素固定反応を遺伝子レベルで調節している。全長FixLの結晶構造解析を行うことを目指し,結晶化条件の検索に取り組んだ。精製方法の改善等を行いながら結晶化条件の検討を進めたところ,微結晶が得られた。今後,結晶化条件の最適化をさらに進める。 (ii) 高度好熱菌由来のHKとRRの複合体構造の分解能をさらに3.7Åに改善した。各ドメインの高分解能構造を得て,全体の電子密度マップに当てはめ,複合体の原子モデルを構築することに成功した。 (iii)植物ホルモンエチレンの受容体ETR1(HKに対応)によるエチレン濃度感知機構を分子レベルで解明することを目的に,本年度は,昨年に引き続き,酵母(Pichia pastoris)を用いた発現系構築に取り組んだ。 (2) タンパク質−補欠分子構造における分子内相互作用の研究 研究担当者:高田,加藤(高田構造科学研究室) (i) 人工Croタンパク質の疎水性コアを形成するアミノ酸部位のうち四つを選んで残基置換し,これらの変異体について熱変性実験を行い,協同的フォールディング反応を示す人工タンパク質を得た。NMR構造が決定できるような単一な立体構造の形成は,協同的なフォールディング反応実現のための十分条件とは成り得ず,天然様の協同的なフォールディング特性を実現するためには,さらにアミノ酸配列の絞り込みが必要であることを示した。 (ii) 蛍光を発する状態と無蛍光な状態を可逆的に行き来するGFP様蛍光タンパク質Dronpaの結晶構造を明らかにし,光異性化メカニズムを立体構造ベースで解明することに成功した。 (3) 分子性結晶ならびにタンパク質の分子内・分子間の電子分布マッピング 研究担当者 高田,加藤(高田構造科学研究室) 放射光の高輝度・高平行X線による回折データから,情報理論より発展したマキシマムエントロピー法(MEM)を用いて,分子性結晶の分子および分子間の電子分布マッピングを行い,分子・原子の結合形態・電荷整列・電荷移動の直接観察から分子系物性と構造との精緻な関係を明らかにすることができる。将来的には単結晶構造X線データとMEMを用いて,タンパク質等の巨大分子の電子マッピングも行い,活性部位の結合形態・電荷移動等についても明らかにし,電子が関与するタンパク分子の機能解明のための精緻な構造情報を明らかにしようとしている。本年は,実験的に得られた詳細な電子密度から詳細な静電ポテンシャルを実験的に導き出す手法の開発を行い,典型的なイオン結晶であるNaClのイオン性や,強誘電体であるPbTiO3の分極の様子を,本研究で求めた方法によりMEMの電子密度分布上の静電ポテンシャルで可視化することに成功した。さらには,電荷移動を伴うCE型のマンガン酸化物についても,軌道整列とともに,電荷整列も,静電ポテンシャルの解析により初めて可視化することに成功し,この解析手法の有効性を確認した。 (4) 軟X線発光分光によるヘムタンパク質の電子状態の研究 研究担当者:辛(辛放射光物性研究室);原田,徳島(量子電子材料研究グループ) 昨年度までに,我々の作製した溶液試料用の高分解能軟X線発光分光器を用いて,送液によるヘムタンパク質ミオグロビンの電子状態を観測することに成功したが,今年度はさらに軟X線分光測定の前後で可視分光によって試料の変性割合の定量化を行い,試料の精製条件,送液条件を最適化することによって,特に変性しやすい還元試料の測定が確実に行えるようになった。その結果,基質の違いが主に最低dd励起エネルギーと電荷移動励起の強度に反映されていること,さらに最低dd励起は強い入出射直線偏光依存性を示すことを見いだした。この実験結果は,Tanabe-Suganoダイヤグラムによる定性的な解釈を超えて,対称性の低下や基質の種類も考慮した,より詳細な計算機シミュレーションとの比較にも耐え得るもので,軟X線分光を金属タンパク質の物性解明に応用してゆく試金石となる。 (1) 高分子量タンパク質,タンパク質複合体のNMR解析法の研究 研究担当者:伊藤,美川(城生体金属科学研究室);吉益,柴田(柴田上席研究員研究室) DNA傷害等の結果生じたssDNA領域はssDNA結合タンパク質(SSB)によって保護され,実際に組換え修復を行うRecAは結合できない。RecO,RecR等のアクセサリータンパク質がSSBのssDNAからの解離を促し,RecAの組換え修復の進行を助けていることが知られている。そこで,我々は各タンパク質の相互作用が系全体の機能におよぼす影響を調べた。その結果,RecOはその強いssDNA結合とSSB結合によりssDNA上のSSBと入れ代わること,また,そのSSB-RecO-ssDNAのRecOにRecRが相互作用することにより部分的にSSBが解離すること,さらに,RecRの相互作用がRecOのssDNA結合様式を変化させることを見いだした。 (2) NMR分光法を用いたタンパク質間,タンパク質−基質間の相互作用解析 研究担当者:美川(城生体金属科学研究室) n-ブチルリチウムBuLiやカリウムビス(トリメチルシリル)アミド(Me3Si)2NKのような有機アルカリ金属化合物を用い,カルボジイミドR"N = C = NR"へのホスフィンHPRR'の求核付加反応を行うと,反応は触媒的に進行し,ホスファグアニジンR"N = C(PRR')(NHR")が得られた。この反応は,ホスファグアニジンの初めての一般的な合成法であり,芳香族−ハロゲン結合を有する化合物にも適用することができる。原子効率も高く,溶媒を使わなくても反応を行うことができる。 (1) 単一スピン検出を目指した電子スピン回転STMの開発 研究担当者:小野,坪井,花栗,木(木磁性研究室) 単一分子,単一原子のスピン検出は,スピントロニクス量子素子としての応用や,スピンの関与する物性の発現機構解明のために重要である。我々は,STMを用いたスピン検出の可能性に着目している。磁場中に置かれた単一スピンはラーモア回転を行うが,単一スピンとトンネル電子間に相互作用があれば,トンネル電流はラーモア周波数で変調を受けると考えられる。従って,トンネル電流に重畳する交流成分の有無を検出することによって,スピン検出が可能である(電子スピン回転(ESR)STM)。本手法は,イスラエルのグループによって創始されたが,これまでの測定例はいずれも信号が極微弱であることから再現性に乏しく,手法として完成されたものとは言いがたい。本研究では,ESR-STMの手法としての完成を目指し,安定な超高真空低温環境で,超伝導磁石を用いた系統的な磁場変化の測定が可能なESR-STMシステムを開発する。本年度は,理研で開発した高安定STMユニットをシステムの核として,超高真空チャンバー,クライオスタット,超伝導マグネットのアッセンブリを終了し,通常のSTMとしての動作確認を行った。今後,ラジカル分子,遷移金属フタロシアニン等を試料として,システムの性能評価を行う予定である。 (2) 収量検出磁気共鳴・過渡光吸収検出による2・3 スピン連携 坂口(川合表面化学研究室) 有機半導体では,電子の担い手はラジカルイオンである。ラジカルイオンは奇電子によるスピンを持ち,電極界面では正・負のラジカルイオン対が形成される。ラジカルイオン対は一重項または三重項状態となり,その後の過程がスピン多重度により変化する。このスピンを磁気共鳴の手法を用いて操作することで,ラジカルイオン対の挙動を制御し,電子移動過程の詳細を明らかにすることができる。 本年度は高分子系有機EL素材である,ポリフェニレンビニレン系の発光挙動に対する磁場および共鳴電磁波の効果を調べた。EL素子を定電圧パルスで駆動した場合,発光強度と電流量はともに磁場によって増大した。しかし,電流量の増加は発光強度の増加より小さく,後者の増加を電力(電流×電圧)に帰することはできない。また,共鳴マイクロ波を照射すると,低分子EL材料のAlq3と同じく発光強度は減少するが,その減少と回復はきわめて遅く挙動はかなり異なることが分かった。また,駆動電圧が切れた後の減衰過程に見られる発光強度の磁場効果は通電時より大きく,電場がラジカルイオン間の相互作用の大きさを変化させていることが示唆された。 (1) 界面選択的偶数次非線形分光の開発と応用 研究担当者:山口,田原(田原分子分光研究室) 昨年度までに,表面・界面の電子スペクトル測定法として二次非線形電子和周波発生(ESFG)分光法とホモダイン検出四次非線形ラマン(│χ(4)│2 Raman)分光法を開発した。今年度は, (i) ESFGによる気液界面の溶媒和の研究と, (ii) 表面・界面の振動スペクトルを得るためのヘテロダイン検出四次非線形ラマン(χ(4) Raman)分光法の開発, を行った。 (i) では,気液界面のクマリン分子のESFGスペクトルと第二高調波発生(SHG)偏光依存性を調べることによって,界面の溶媒和と極性について新しい知見を得た。気液界面のクマリンのESFGスペクトルは,水と空気の中間的な極性を示すピーク波長を有し,これまでのSHGによる研究と整合する結果となった。しかし,精密なESFGスペクトルによって初めて可能となった界面の極性指標値ETNによる詳細な見積もりを行ったところ,気液界面は単純に水と空気の中間的な極性(ETN = 0.5)を示すのではなく,誘導体に依存してETN = 0.12〜0.64の幅広い値を示すことが分かった。さらに我々は,このETNと界面分子配向角との間に非常に良い相関があることを発見した。 (ii) では,表面・界面の振動スペクトルを得る新しい方法として,χ(4) Raman分光法を開発した.この方法は,昨年度までに開発した│χ(4)│2 Raman分光法よりも質の高いスペクトルをより簡便により短時間で与える優れた方法である。また,この方法は,赤外光の届かないいわゆる"埋もれた界面"にも問題なく適用できるという重要な利点を有する。空気/水界面および水/石英ガラス界面のローダミン分子の振動スペクトルをこのχ(4) Raman分光法によって測定した結果,ローダミンのニトリル基と水はパイ型水素結合を形成していることが分かった。パイ型水素結合は,気相では確認されているものの,凝縮相のバルクには見られない相互作用である。これは,バルクでは多数の水分子に取り囲まれているローダミンが,界面では少数(1〜2個)の水分子と相互作用している,ということを意味している。 研究担当者:松崎,渡邊(岩崎先端中間子研究室) ミュオンは電子の仲間に属する素粒子(μ,寿命2.2μ秒)であり,質量は陽子の1/9または電子の207倍である。従って,物質中で正ミュオンは"軽い陽子",負ミュオンは"重い電子"として振る舞う。ミュオンは,高エネルギー陽子ビームと炭素標的との原子核反応によって生成されたパイオン(π,寿命26 n秒)の崩壊で得られる。ミュオンは運動方向に揃ったスピン偏極(スピン量子数は 1/2)を持つ。そのスピン偏極の時間変化を観測することにより,ミュオン静止位置での局所場やその揺らぎの観測が可能となる。ミュオンスピン偏極を測定して物質科学研究を行う方法はミュオンスピン回転・緩和・共鳴法(μSR法)と呼ばれる。ミュオンはスピン偏極を持つ高感度なプロープであり,ゼロ磁場中や広範囲な温度領域において,核スピンを持たない原子核で構成される系の磁性研究や多種多様な物質の物性研究に利用できる。また,μSR法による局所場の揺らぎの観測時間領域は10-6-10〜11秒であり,中性子散乱実験法(〜10-12秒)や核磁気共鳴法(>10-6秒)では観測できない中間周波数領域を幅広くカバーする。このμSR法を強相関電子系,分子集合体,生体分子複合体等に適用し,それらの電子状態,超伝導特性,磁性,スピン構造等の研究を行うことできる。 本研究では,これまで培ってきたμSR法を用いたミュオン物質科学研究をより高度に展開するために,微量な新機能物質の高精度物性測定が可能なμSR分光器を開発し,世界唯一となる多重極限下(高圧,超低温,高磁場,電場,光照射等)での先端的なμSR測定法の確立を目指す。 平成18年度は,高精度μSR分光器とμ-e崩壊電子シンチレーション検出器系の基本設計を行った。 |