研究トピックス in 2012

生体分子の翻訳後修飾を含めた詳細な構造解析

生体分子の定量的解析法の開発

3次元構造に基づく構造生物学およびその関連技術の研究開発

RNAの質量分析

生体分子の翻訳後修飾を含めた詳細な構造解析
 (堂前,鈴木,益田,中山, 渡邊, 川田, 伊藤)

ゲノムに暗号化された遺伝情報はRNAに転写された後、タンパク質に翻訳され生合成される。多くのタンパク質はこの遺伝情報どおりにアミノ酸が並んだポリペプチドとして翻訳された後に何らかの修飾を受けることで生物活性が生じ、また活性を制御されている。この遺伝情報に直接記載されない、タンパク質独自の情報=翻訳後修飾を解明することがポストゲノムシークエンス時代のタンパク質の構造解析への要求である。また、バイオプローブを用いたケミカルバイオロジー研究を始め、低分子薬剤のタンパク質結合位置の解析にも構造解析への大きな要求がある。しかしこれらの修飾部位解析や薬剤結合部位解析を含めた詳細で精密な構造解析は大変困難な課題として残されている。この困難を解決するために、アミノ酸分析を組み合わせることを提唱してきた。

本年度から、B型肝炎創薬実用化等研究事業「次世代生命基盤技術を用いたB型肝炎制圧のための創薬研究 」に参加して、B型肝炎感染における網羅的な翻訳後修飾をスタートした。本年度は、超高感度高分解能質量分析装置(Thermo Q-Exactive)を導入し、網羅的なショットガン解析からの翻訳後修飾解析を試みた。本年度はまずヒトモデル細胞(THP-1、ヒトリンパ球様株)を用いてショットガン分析を行った。一分析で1500-2000タンパク質に由来する10,000-15,000ペプチドを同定でき、分析を繰り返すことで3,500程度のタンパク質に由来する23,000種類のペプチドを同定できた。この中には1%程度のアセチル化ペプチド、メチル化ペプチドがみられ、網羅的な翻訳後修飾解析の可能性が示せた。

加えて、プサン大学の李福律教授らと共同でリポタンパク質の解析を行い、グラム陽性菌のリポタンパク質には従来知られていなかった新規脂質修飾が広く存在することおよび黄色ブドウ球菌では修飾様式が環境・生育状態により変動することをタンデム質量分析により証明した。また、これらの解析の過程でMS/MSによりリポタンパク質の修飾脂肪酸の種類を位置ごとに特定する方法を確立した(図)。

また、ケミカルバイオロジー研究基盤施設教育セミナーを企画した。これらのセミナーの結果は、バイオ解析チームのホームページ(http://www.riken.jp/BiomolChar/log.html)から見ることが出来る。

Analysis of lypoprotein by LC-MS/MS

生体分子の定量的解析法の開発 (益田,鈴木,堂前, 川田)

タンパク質の翻訳後修飾によるエピジェネティックな遺伝子発現制御の研究などでは、翻訳後修飾の種類や修飾場所だけではなく、絶対量が重要である。我々は質量分析による定性的な解析と相補的に活用できる絶対定量法として、超高感度アミノ酸分析法の開発を行っている。これまでにフェムトモルレベルのアミノ酸を定量できるシステムを構築してきたが、極微量の翻訳後修飾アミノ酸を1つのクロマトグラフィーで分離するには限界がある。特に、多量に共存する未修飾アミノ酸と分離し、極微量の翻訳後修飾を検出するために、加水分解後のサンプルから修飾アミノ酸を含む画分のみを得るための前処理について検討を行った。前処理法として、グラファイトカラムを用いた吸着クロマトグラフィーを用い、後段の逆相クロマトグラフィーによるアミノ酸分析と合わせ、クロマトグラフィーの2次元化を行った。この手法を用い、九州大学生体防御医学研究所鵜木元香助教と共同でヒストンの翻訳後修飾としては新規のリジンヒドロキシル化を検出、定量することに成功した。ヒストン脱メチル化酵素JMJD6をノックアウトしたマウスではリジンのヒドロキシル化が抑制されたことから、この脱メチル化酵素がリジンヒドロキシル化を介在することを証明できた。

<これらの方法の応用例>

  • mRNA 分解に関与する細胞質mRNA-タンパク質複合体の構成要素の翻訳後修飾解析(松本分子昆虫研究室の松本健専任研究員との共同研究)
  • 脱メチル化酵素基質タンパク質中の翻訳後修飾解析(九州大学生体防御医学研究所鵜木元香助教との共同研究
  • 改変遺伝暗号を用いた合成タンパク質中の改変アミノ酸の定量(東京工業大学の木賀大介准教授との共同研究
  • タンパク質-リボ核酸複合体中のサブユニット比の決定(播磨研究所放射光システム生物学研究グループの新海暁男チームリーダーとの共同研究
  • Quantification of hydroxylysine of histones

    3次元構造に基づく構造生物学およびその関連技術の研究開発 (宮武)

    SPring-8は世界最高性能を誇る放射光施設であるが、放射光施設から遠方の研究者が限られたビームタイム中に最大限の測定を行うことは容易ではない。近年、特に結晶構造解析の対象が高難度化しており、多数の結晶を効率よく回折測定する必要性が高まっている。そこで、われわれは放射光科学総合研究センターの研究技術基盤部と共同で、和光地区においてSPring-8遠隔測定支援システムを運用している。このシステムにより、あらかじめSPring-8に送付しておいた多数の結晶のX線回折測定を、インターネットを経由した遠隔操作によって、高効率に行うことが可能になった。一方、和光地区におけるX線結晶構造解析の研究支援に際しては、X線結晶構造解析を希望する研究者の様々なレベルに応じて対応している。すなわち、回折データ測定のみを希望する場合、その後の回折データ処理まで希望する場合、または更にその後の構造解析、プレゼンテーション資料作成および論文作成にも踏み込んで支援することが可能である。現在、SPring-8遠隔測定支援システムを利用した構造生物学的研究が、バイオ解析チームと他の研究室との間で進行中である。一方、現在の構造生物学研究においてはタンパク質の結晶化にブレークスルーが必要とされている。そこでわれわれは、動的光散乱測定法と溶液循環サーキットを利用した新規なタンパク質結晶化装置の開発を、民間企業と共同で行っている(宮武:(株)ワイエムシィとの共同開発)

    RNAの質量分析(中山)

    タンパク質に翻訳されないいわゆるnon-coding RNA(ncRNA)は多くの場合RNA-タンパク質(RNP)複合体を形成し生体にとり重要な機能を果たしていることが明らかとなってきた。従来、これらのRNAを解析するためには、逆転写して得たcDNAを配列解析することで、元のRNAを同定する方法がもちいられてきたが、RNA機能に重要な役割を持つ転写後修飾の情報が多くの場合失われること、RNAごとの逆転写されやすさの違いにより結果にバイアスが掛かってしまうことなどが問題だった。一方、タンパク質解析に広くもちいられてきた質量分析は分子質量および内部構造情報を得ることが出来るためRNA解析法候補としても有望である。しかし、未知試料に含まれているRNAを同定するために一般的なデータ解析方法が無いためもあり、転写後修飾を解析した少数を除けばほとんど報告が無い。私たちは質量分析をもちいたRNA同定を可能とするため、RNA質量データを核酸配列データベースに対して問い合わせる検索エンジン(Ariadne; http://ariadne.riken.jp/)を開発してきた。アフィニティー精製したRNP複合体中の構成RNAをゲノム配列に対して検索し同定することが可能となっている。今年度は、この検索エンジンをさらに改良し、検索結果を可視化する周辺ソフトを開発した。

    お知らせ

    RNAデータベース検索ソフトAriadneはこちらからアクセスできます。


    2001年以降の研究内容