量子サイバネティクスの研究では、「量子力学」と「情報科学」という20世紀社会の枠組みを作り変えた2つの大きな科学的成果を融合させ、21世紀のための新規な基礎科学技術の基盤づくりを狙う。情報処理を考えると、「古典」状態の制御は、これまでデジタル情報処理が全盛を誇ってきたが、次世代の「量子」状態の制御を伴う情報技術では、よりアナログ的なサイバネティクス的アプローチが適してと考えられる。
量子サイバネティクスは、多様な物理系において、量子状態のコヒーレントな制御/保持/転送、そして検出の研究を、統一的視野に立ち横断的な連携研究を行う。固体素子の超伝導や半導体デバイスや、微視的系の分子、原子/イオン、光をなどでのコヒーレント操作の研究を進める。微視的と巨視的量子系などが融合した混合量子系の研究を多分野の研究者の連携により進める。量子サイバネティクスは、情報処理に利用でき、古典計算機の原理的限界にはとらわれない画期的な性能を有する次世代の科学技術として期待されている。本研究領域では、量子計算を大きな目標の一つとし、同時に量子限界を超える各種量子ディテクターや量子光源、量子限界を超える時計同期化など、幅広い応用分野も視野に入れ研究する。
研究期間内の具体的な目標は、(1)新規な量子系の量子制御・検出を実現すること、(2) 多様な物理系において包括的な量子コヒーレント状態の制御・検出の理学を見出すこと、(3)そしてそれらの成果を量子コンピューティングなどの応用への活用を模索することである。本研究領域のあつかう物理系は幅広く、多くの新規な成果が期待されるが、新学術領域によりひらかれる融合研究を例にとり、期待される成果の具体例を以下にしめす。
新規な研究方向として、異種量子がコヒーレントに結合した混合量子系を一例にとる。これまでこのような系の典型例は、原子と光子の相互作用する空洞共振器の実験(cavity QEDと呼ばれる)であり、単原子に基づくレーザー発光や、光子の2量子ビットゲートなどが実現している。しかし近年の固体素子に基づく人工原子(量子ビット)の研究は目覚しく、上記のような実験を人工原子と共振器で行うことにより、「人工原子量子光学」とも呼べる全く新たな量子制御の研究が展開する。その特徴は、人工原子は自然原子より格段大きいゆえ、格段と強く共振器に結合し、いわゆる強結合領域が簡便に実現され(結合エネルギーが人工原子や共振器の緩和時間に比べはるかに大きい)、また自然原子と違い動き回ることはない。このような特徴を生かし、単一人工原子のレーザー発振(本提案理研グループの成果、Nature 2007)や共振器を介した複数の人工原子(量子ビット)の結合などが実現している。人工原子の電子状態と、共振器の光子状態がコヒーレント介在する混合量子系は、回路設計に自由度があるため、その研究はこれから大きく発展する余地が十分ある。例えば研究期間内に、ゲート制御による光子数の正確な操作、単光子の随意な生成が可能な単光子源などの成果が期待できる。また光子の2量子ビットゲート、光子共振器を使った大規模な集積固体量子ビット回路、などなどの多様で新規な発展が見込まれる。
人工原子を光子共振器と結合させる代わりに、ナノスケールの機械共振器と結合させ、「人工原子量子音響学」なるものも研究を始めている。機械自由度は、「巨視的度」が大きく、その量子化やコヒーレント操作は、実現すれば画期的な成果となる。研究期間内に、音子のレーザー発振、単音子源、などの実現に結びつく研究を目指す。その他にも、自然原子と固体人工原子と組み合わせる混合量子システムの実現など、多様な融合的量子系の研究も本領域は目指す。原子が集合して固体材料を形成するように、人工原子を並べ、「量子メタ材料」を実現する研究にも期待ができる。また特記すべき期待が大きい成果は、量子アルゴリズムを実行する小規模な量子計算の実現や、量子コンピュータには欠かせない量子非破壊読み出しや、量子エラーの訂正の実行など、量子情報処理へ活用した量子制御・検出の研究である。
文部科学省新学術領域研究(研究領域提案型)ウェブサイト
→ http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/hojyo/1218181.htm