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(研究内容)
- 強相関電子系
- 冷却原子/光学格子
- 量子輸送現象
- トポロジカル絶縁体
- 新しい計算手法の開発
Theme(01)
量子コンピュータで実現する新奇非平衡量子相
非平衡量子多体系は、光励起や周期駆動のもとで平衡相とは異なる秩序や普遍性を示し得るため、近年の固体物理の重要な潮流になっています。一方で、実時間発展は一般にエンタングルメントを急速に増大させ、テンソルネットワークに基づく古典シミュレーションの適用範囲を狭めます。この計算困難性は、量子コンピュータを「新しい計算資源」として位置付ける自然な動機でもあります。もっとも、現状のNISQデバイスはノイズを含むため、誤り訂正前提の量子アルゴリズムを待つのではなく、離散時間ユニタリ回路や測定を含む量子回路ダイナミクスそのものを非平衡物理のプラットフォームとして開拓する研究が注目を集めています。
この文脈で、周期駆動(Floquet)系における時間並進対称性の自発的破れとしての離散時間結晶は、非平衡秩序の代表例です。外部駆動周期に対してサブハーモニックな応答が長時間安定に現れるためには、加熱の抑制や安定化機構が本質になります。量子回路は離散時間の枠組みを最初から備え、実機実装にも直結するため、時間結晶研究をNISQ時代に接続する格好の舞台です。
私たちは、最近の研究の中で、量子回路多体系における離散時間結晶の成立条件と安定性を精査し、回路設計、エラー緩和、古典シミュレーションとの比較を行っています。結果として、非平衡多体ダイナミクスの理解を深めると同時に、「エンタングルメントが増えて古典計算が難しくなる」領域でこそ量子デバイスの能力が最も活かされる、という研究戦略を具体化しています。量子回路を計算手段としてだけでなく、非平衡量子相を合成し検証する実験系として用いる方向性を明確に示す点が、本研究の魅力です。
K. Shinjo, K. Seki, T. Shirakawa, R.-Y. Sun, S. Yunoki, arXiv: 2403.16718 (2024)
図の解説
a 二次元量子多体系の舞台となるIBMの133量子ビットデバイス(ibm_torino)の二次元格子形状。
b 離散時間結晶を実現するために設計したFloquetユニタリを実装する量子回路の模式図。
c 実際にibm_torinoで観測された磁化の二倍周期振動の様子。あわせてテンソルネットワークシミュレーション(2dTNS)の結果と比較している。
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Theme(02)
三角格子スピン超固体におけるスピン・ゼーベック効果
スピン・ゼーベック効果は、温度勾配によってスピン電流を生成することでスピン輸送を調べるための強力な手法を提供します。本研究では、DMRG法に基づく有限温度テンソルネットワークアルゴリズムを用いて、三角格子量子反強磁性体におけるスピン・ゼーベック効果を調べました。特に、界面を横切る規格化スピン電流の低温におけるスケーリング挙動に注目しました。スピンフラストレーションは低温でのスピン・ゼーベック効果を著しく増強し、符号反転や特徴的な温度依存性といった明確なスピン電流の特徴を示します。これにより、異なるスピン状態を識別することが可能になります。最も重要な結果として、スピン超固体相において持続的な負のスピン電流を発見しました。このスピン電流は低温極限においてゼロではない値に飽和します。この振る舞いは、スピン超電流の直接的な証拠として解釈することができます。
さらに、一次元ハイゼンベルグモデルについては、バルク中において代数的な温度スケーリングを示す負のスピノン・スピン電流を見いだしました。これらの結果は量子場の理論的解析と整合しています。
Y. Gao, Y. Huang, S. Maekawa and W. Li, Phys. Rev. Lett. 135, 236504 (2025)
図の解説
(a)はスピン超固体相におけるシミュレーションされたスピン電流を示す。(b) および (c) は、二つの温度における運動量分解スピン電流を示す。灰色の破線はブリルアンゾーンの境界を表す。赤い点はスピン電流計算において用いた運動量点を示す。黒い点は Γ 点および K 点を示す。(a) の挿入図は、0.05 T の磁場下におけるスピン超電流のシミュレーションを示す。
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Theme(03)
分子の時間依存のrovibronic(回転、振動、電子)波動関数の計算
多配置理論を用いて、強いレーザーパルス中におけるの時間依存の回転・振動・電子ダイナミクスをシミュレーションしました。より大きな分子の時間依存のrovibronicシミュレーションの可能性を開きます。
E. Lötstedt, T. Kato, and K. Yamanouchi, J. Phys. B: At. Mol. Opt. Phys. 57, 235602 (2024).
図の解説
強度の高いレーザーパルス(λ = 400 nm)中における H₂⁺ の誘起双極子モーメントである。多配置(MC)理論、二状態ボルン–オッペンハイマー近似、およびクローズカップリング(CC)展開によって得られた結果を比較している。
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Theme(04)
サイン二乗変形を利用した臨界現象の解析
サイン二乗変形(sine-square deformation, SSD)は、開放端を持つ系において交換相互作用や局所磁場の強さをサイン二乗型に空間変調することで、端の影響を抑制し、周期境界条件下の状態を近似的に実現する手法です。 ある種の模型では、SSDを施した系の基底状態が周期境界条件を課した系の基底状態と一致することが知られています。 本研究ではこの性質を活用し、量子相転移における臨界現象を効率的に解析する新たな方法を提案しました。さらに我々は、Rydberg原子を適切にジグザグ状に配置することで、次近接相互作用を加えたモデルにおけるSSD変調ハミルトニアンを、実験的にも近似実装できることを示しました。
Y. Miyazaki, S. Tanigawa, G. Marmorini, N. Furukawa, and D. Yamamoto, arXiv:2512.14149.
図の解説
(a)一次元系におけるSSDの概念図。 (b)縦横混合磁場イジング鎖の基底状態相図(灰色波線: 先行研究, 赤色実線:本手法)。 先行研究(300サイト)よりもはるかに少ないサイト数(84サイト)で精度良く相境界が求められている。
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Theme(05)
純粋基底状態の部分系に生じる熱的状態
全体系が純粋状態で表現されており、全体系を部分系AとBに二分する状況を考えます。AとBの間に量子もつれがある場合、部分系Bを無視(トレースアウト)すると、残された部分系Aの状態は縮約密度行列と呼ぶ混合状態で表現されます。この縮約密度行列は、元々の全体系の純粋状態や部分系AとBの量子もつれの具合に依存しますが、一般にはどのような状態になるかはわかりません。
本研究では、全体系があるハイゼンベルク模型の基底状態(純粋状態)で表されており、部分系AとBへの分割がそれら部分系の体積全体を覆うような状況を考えました。部分系A-B間には相互作用があり、その大きさによって部分系A-B間の量子もつれ度合いを変化させることができます。数値計算の結果、部分系Aの縮約密度行列は、部分系Aのある有効温度における熱的状態でよく記述されることを見出しました。ここで有効温度は、部分系A-B間の量子もつれの大きさを表すエンタングルメントエントロピーと、部分系Aのエネルギーを用いて、熱力学における温度に類似した式で定義しています。
K. Seki and S. Yunoki, Phys. Rev. Research 2, 043087 (2020).
図の解説
本研究で見出した縮約密度行列と熱的状態との関係の模式図。
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Theme(06)
スピン数S > 1/2のスピン鎖の量子計算
スピン状態を量子ビット状態の重ね合わせとして表現するディッケマッピングは、ハイゼンベルク・ハミルトニアンの簡潔な表現を可能にします。Quantinuum の H1-1イオントラップ型量子コンピュータを用いて、ディッケマッピングの有用性を実証しました。
E. Lötstedt and K. Yamanouchi, Phys. Rev A 111, 062416 (2025)
図の解説
二サイトの S = 1 ハイゼンベルク模型における |−1,1⟩ スピン状態の時間依存の確率である。厳密解による確率と、ノイズのないシミュレーションと、H1-1イオントラップ型量子コンピュータを用いて得られた確率を比較している。
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Theme(07)
ドープ三角格子モット絶縁体における量子相図と自発的創発トポロジカル・カイラル超伝導
トポロジカル超伝導状態は、トポロジカル秩序およびマヨラナ励起を有する量子状態として、強く注目されている物理状態です。本研究では、時間反転対称性をもつドープされたモット絶縁体において、トポロジカル超伝導を実現するメカニズムを探究します。三角格子 𝑡−𝐽 モデルに対する大規模DMRG計算を通じて、自発的に時間反転対称性が破れた 𝑑+𝑖𝑑 波カイラル・トポロジカル超伝導を同定しました。この状態は、チャーン数 𝐶 = 2 と準長距離超伝導秩序によって特徴付けられます。
さらに、次近接電子ホッピングおよびスピン相互作用を調整することにより、量子相図を明らかにしました。弱結合領域では、電荷ストライプ秩序と揺らぐ超伝導が共存する擬ギャップ的な相を見いだしました。この相は、ドーピング量および系の幅を増加させることで 𝑑 波超伝導へと変化します。中間結合領域ではトポロジカル超伝導が出現し、より大きな次近接相互作用のもとで 𝑑 波超伝導相へと転移します。
トポロジカル超伝導の出現は、幾何学的フラストレーションおよびホールのダイナミクスによって駆動されます。これらはスピン相関および電荷秩序を抑制し、その結果としてトポロジカル量子相転移を引き起こします。
Y. Huang, S. S. Gong and D. N. Sheng, Phys. Rev. Lett. 130, 136003 (2023)
図の解説
(a) 最近接および次近接のホッピングとスピン相互作用を含む三角格子𝑡−𝐽モデルの模式図を示す。(b) Δα (α=a,b,c) の間の相対位相を示す。(c) ドーピング量 δ=1/12において得られた量子相図を示す。各記号は本研究で調べたパラメータ点を示し、シアン色の三角形は前の文献で扱われたパラメータを示す。(d)–(f) は、それぞれ三つの相における電荷密度分布を示す。
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Theme(08)
強相関電子系の光学応答
強相関電子系では、電子は互いに強く反発し合い、単純に自由に動く粒子としては振る舞いません。その結果、電荷とスピンという二つの自由度が密接に結びつき、通常の金属や半導体とはまったく異なる光応答を示します。とくにモット絶縁体では、本来は電気を流さないにもかかわらず、光を当てると電子と空孔の対が生成され、その運動が周囲のスピン秩序を乱しながら進むという、強相関特有のダイナミクスが現れます。
このとき、スピンの反強磁性的な相関は、生成された電子と空孔の対に実効的な引力を与え、光吸収スペクトルの立ち上がり付近に励起子と呼ばれる特徴的なピークを生み出します。これは単なるバンド間遷移では説明できない、スピンと電荷の協同的な運動の直接的な指標です。光学伝導度を詳しく調べることで、電子がどのように相互作用し、どのように集団的に動いているかを、時間とエネルギーの両面から読み取ることができます。
近年では、時間依存密度行列繰り込み群法などの非摂動数値計算により、二次元ハバード模型の光学応答を定量的に求めることが可能になりました。その結果、理論計算で得られた吸収スペクトルは銅酸化物モット絶縁体などの実験結果とよく一致し、強相関電子系におけるスピンと電荷の結びつきが光学応答にどのように現れるかが、具体的な形で理解されつつあります。
このように強相関電子系の光学応答の研究は、電子が単独ではなく集団として振る舞うことで生まれる新しい量子現象を、光という手段を通して直接観測し理解する試みです。そこには、物質の基本的な電子状態の理解だけでなく、新しい光機能材料や量子物性の発見につながる大きな面白さがあります。
K. Shinjo, Y. Tamaki, S. Sota, T. Tohyama, Phys. Rev. B 104, 205123 (2021)
図の解説
時間依存二次元密度行列繰り込み群法で計算した6×6正方格子ハバード模型の光学伝導度Reσ(ω)。吸収端の鋭いピーク構造は、光でダブロン・ホロン対を作ったときに、二次元では電荷が反強磁性スピン相関を乱しながら運動せざるを得ず、そのスピン背景が対に実効的な束縛を与えることで現れるピークと解釈できます。
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Theme(09)
Luttingerの定理のトポロジカルな解釈
Luttingerの定理は、フェルミ粒子系の粒子数と、低エネルギー一粒子励起全体によって囲まれる運動量空間での体積(フェルミ面の体積)を関連づける総和則です。慣習的に”定理”と呼ぶことが多いですが、恒等式ではありません。相互作用するフェルミ粒子系におけるこの総和則の成否は、フェルミ液体論が適用可能か否かにも関わる、強相関電子系の関心事の一つです。
従来、相互作用するフェルミ粒子系におけるフェルミ面の体積は、一粒子励起を記述する関数である一粒子グリーン関数のフェルミ準位における実部の符号を用いて定義されていました。本研究では、フェルミ面の体積に相当する量を、一粒子グリーン関数行列の行列式の複素周波数平面での巻き付き数(トポロジカルな量)で表現することで、その数学的な取り扱いをより明瞭にしました。その結果、複素解析における偏角の原理やルーシェの定理を用いることで、フェルミ面の体積をグリーン関数のフェルミ準位以下の極の数と零の数の差で表現することや、総和則が破綻するための十分条件を得ることができました。
K. Seki and S. Yunoki, Phys. Rev. B 96, 085124 (2017).
図の解説
Luttinger総和則が破綻する(青点線)または破綻しない(赤線)状況を一粒子グリーン関数行列式の巻き付き数で表現した模式図。
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