数学や理論的方法を使うことで、よりよく理解できる生命現象がたくさん有ります。また、個別の生命現象に注目することで一般的法則が見えてくるところが、生物学の面白いところです。我々は、具体的な生命現象に注目し、そのメカニズムの解明を通じて、生命の普遍的原理に迫ります。
生物がたった一つの受精卵から出発して、その種に固有の形を作って行く過程が「発生」です。丸い受精卵から機能をもった形が作り出されてゆくのですが、これは、人間が材料を加工して機能的な道具を作り出すような「かたち作り」とは、幾つかの点で異なっています。
例えばウニの原腸形成は、細胞が集まってできた中空のゴムボールのような胞胚から、表面の一部が変形して内側にめりこみ、管状の構造が作られる過程です。これは、ちょうど陶器職人の手によって粘土の塊から、椀やつぼが作り出されるようすに良く似ています。でも、そこに働く機構は、全く異なる種類のものです。陶芸の場合は、目的の形をあらかじめ知っている職人が、それに近づけようとする力を、外から加えることで形がつくられます。一方原腸形成においては、胞胚を構成している細胞自身が、その場所に応じて「正しく」変形し引っ張りあうことで、形ができるのです。
発生とは「生物が採用してきた独特のかたち作りの方法論」だと言えるでしょう。「生物のかたち作りの方法論」に独特な特徴を、幾つか挙げることができます。
生物のかたち作りを理解するためには、発生現象をこのように一般的にとらえる視点が必要です。例えば、生物の発生に見られる形態形成過程を、多数の細胞の間の比較的単純な相互作用から機能が創発される過程、つまり自己組織的な過程としてとらえる研究は、非常に重要です。またその研究には、数学的手法が非常に強力な道具として働きます。
近年分子生物学のターゲットとして、生物の発生現象を含む形作りの基本が集中的に研究され、様々な遺伝子の発現調節ネットワークが逐一明らかにされつつあります。実験により得られるデータを総合的に分析し、情報を抽出すること、さらには高次生命現象の理解へと繋げる事が、次の課題として求められています。分子の知識を、3次元空間上に展開されるかたち作りの理解へとつなげるためにも、数理的手法が重要になるでしょう。実験発生学に直接インパクトを与えることを、数理発生学は目指しています。一つ一つの研究で実際に有効性を示していくことで、それは可能になると考えています。
数理的手法ならではの研究として、次のような領域に取り組んでいます。
現在、私たちの研究室では、様々な具体的な現象に取り組んでいます。それぞれの研究の成果については、研究内容のページをご覧ください。