抗生物質の発見以来、微生物が造る天然生理活性物質は、医薬品のシードとして人類の健康に貢献してきただけでなく、劇的な表現型変化をもたらすその生物活性が多くの生物学者を魅了してきました。生理活性物質の活性発現メカニズムの解明は、医薬品開発の応用面にとどまらず、生命現象の根幹となる分子機構を解明し、新しい創薬標的を生み出す点で重要な研究分野です。その研究プロセスは突然変異の原因遺伝子を明らかにする遺伝学と類似性が高く、遺伝学が突然変異を出発点として表現型の原因となる遺伝子を研究対象とするのに対し、低分子生理活性物質の作用機序研究は、突然変異の代わりに特異な生理活性(表現型)を示す化合物を出発点とし、その原因となる標的分子を同定し、機能を明らかにする「化学遺伝学」であるということができます。
私たちは、分子遺伝学を基盤にポストゲノムツールと合成化学的アプローチを組み合わせ、論理的、組織的に薬剤標的分子を同定する方法論を確立し、独自のケミカルゲノミクスへと発展させてきました。それによっていくつかの驚くべき標的分子を解明し、新しい創薬標的の発見と生命科学の発展に貢献してきました(図)。これらはヒストン脱アセチル化酵素、タンパク質核外輸送因子CRM1、スプライシング因子SF3bなど、いずれも真核生物の遺伝子発現制御やエピジェネティクスに重要な分子であり、同時に創薬標的としての重要性も明らかになってきました。私たちは引き続き、新しい活性物質の発見と標的分子の同定を両輪として生理活性物質のケミカルバイオロジーを推進しています。究めることの楽しさを味わいながら新しい概念形成を目指した基礎・応用研究を進めていきたいと考えています。