常田グループ(理論化学)

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常田貴夫
代表
Walter Kohn教授と常田(密度汎関数法DFT2005会議@ブリュッセル)

常田貴夫(Takao Tsuneda)

理化学研究所
基盤研究所 次世代分子理論特別研究ユニット
副リーダー

住所・連絡先
埼玉県和光市広沢2-1
E-mail: tsuneda*riken.jp (*は@に置き換えてください)
居室: 研究本館531室

研究業績

常田研究室は、次世代化学理論の開発を最終目標とし、主に大規模分子計算に向けた密度汎関数法(DFT)の開発に取り組んできた。

1. 交換・相関汎関数の開発とその物理的意味の検証

従来の密度汎関数法の汎関数開発においては、物性値の再現性のみに主眼が置かれ、大量の経験的パラメータが使われていた。我々は、パラメータの存在が、汎関数の物理的な意味を失わせるのみならず、大規模分子計算において偽の安定構造を与える原因になると考え、パラメータを極限まで抑えた交換・相関汎関数を開発した。

  • 常田らはパラメータを1つに抑えたOP相関汎関数を開発した。この汎関数は、電子間のスピン分極相関カスプ条件を満足する相関波動関数から、自然な物理近似のみを使って導出された。相関孔の形状を併用する交換汎関数で決定し、相関孔の大きさを1つのパラメータで決めた。求められたOP汎関数は、精密に電子相関を与えることが確かめられた。そして、驚いたことに、基本的物理条件を全く考慮していないにもかかわらず、すべての物理条件を満足する世界初の相関汎関数であることが分かった。(J. Chem. Phys., 110, 10664 - 10678, 1999; ibid. 111, 5656 - 5667, 1999)

  • また、常田らは、パラメータを一切使わずに、Parameter-free交換汎関数を開発した。この汎関数は、Fermi運動量まわりでの密度行列展開から直接導かれた交換エネルギー表現であり、展開中心点であるFermi運動量を各空間点での運動エネルギー密度で決定することが最大の特徴である。OP相関汎関数同様、この交換汎関数も、ほとんどの基本的物理的条件を満足することが分かった。また、パラメータを含まないにもかかわらず、交換エネルギーの精密再現も確かめられた。 (Phys. Rev. B, 62, 15527 - 15531, 2000)

  • 上記の交換・相関汎関数にもとづき、常田らは運動・交換・相関エネルギーに対する基本的物理条件の間に存在する横断的な物理関係を明らかにした。この物理関係が成立するのは自由電子ガスに近い領域であり、分子においては化学結合付近であることも分かった。(J. Chem. Phys., 114, 6505 - 6513, 2001)

  • 横断的物理関係が成り立たないのは、電子間の自己相互作用が支配的な場合である。その場合、自己相互作用密度行列を中心とする異なる関係性が存在する。常田らは、この関係性を利用し、領域的自己相互作用補正法を開発した。補正法を用いた密度汎関数法による計算の結果、過小評価が報告されてきた一部反応障壁について、大幅な改善を確認した。(J. Comput. Chem., 24, 1592 - 1598, 2003)

2. 長距離補正法と大規模分子計算のための理論構築

次世代化学理論には、生体分子など大規模分子の化学現象・物性を精密に再現することが求められる。しかし、既存の密度汎関数法では、数十原子レベルの計算ですら、さまざまな実際的問題があることが明らかになっている。本研究者は、長距離補正法を中心とした方法を開発して、この問題に取り組んでいる。

  • 常田らは、交換汎関数に対する長距離補正 (LC) 法を開発した。1電子密度で表現された従来の交換汎関数は、長距離交換相互作用を十分取り込めておらず、密度汎関数法計算のさまざまな問題の原因と考えられた。LC法は、二電子演算子を誤差関数により分割し、交換汎関数の短距離部分とHartree-Fock交換の長距離部分を組み合わせる方法である。計算の結果、長鎖ポリエンの分極率の過大評価が劇的に改善することが確かめられた。(J. Chem. Phys., 115, 3540 - 3544, 2001)

  • 従来の密度汎関数法は大規模分子の構造決定要因であるファンデルワールス結合を全く再現できない。常田、神谷、佐藤らは、問題の原因は、相関汎関数のファンデルワールス相関の欠如のみならず、交換汎関数の長距離交換の不足にもあると考え、LC法+ファンデルワールス相関により、希ガス二量体、ファンデルワールス錯体、ベンゼンやナフタレンの二量体の計算を行なった。その結果、ファンデルワールス結合の密度汎関数法による精密再現に成功した。(J. Chem. Phys., 117, 6010 - 6015, 2002; ibid. 123, 104307(1-10), 2005; Mol. Phys. (Handy special issue), 103, 1151 - 1164, 2005)

  • 時間依存密度汎関数法(TDDFT)は、分子の励起エネルギーを精密に再現する高速かつ簡便な方法として、現在広く利用されている。しかし、従来のTDDFTにはRydberg励起エネルギー、振動子強度、そして電荷移動励起エネルギーを過小評価するという重大な問題があった。常田、多和田らは、これらの問題も長距離交換の不足に起因していると考え、LC法にもとづくTDDFT (LC-TDDFT) を開発した。その結果、TDDFTによるすべての過小評価が劇的に改善することを確認した。 (J. Chem. Phys. 120, 8425 - 8433, 2004)

  • 大規模分子の光化学反応の多くは長距離電荷移動を先駆とする。TDDFTは大規模分子の励起状態計算法として期待されているが、長距離電荷移動を取り扱えなかった。常田、千葉らは、この問題に取り組むため、LC-TDDFTにもとづく励起状態分子動力学計算法を開発した。最初の試みとして、励起状態構造と断熱励起エネルギーの計算を行なった結果、小分子の励起状態構造計算においてすら、LC法は必須であることが分かった。(J. Chem. Phys., 124, 144106(1-11), 2006).

  • LC法にもとづく理論以外にも、大規模分子計算に向けた試みを行なっている。その代表的なものとして、常田、柳澤、千葉らはTDDFT計算の高速化のための状態選択TDDFTアルゴリズムを開発した。このアルゴリズムは、摂動選択により注目する励起に寄与する遷移のみをピックアップすることによって計算時間を劇的に減らす手法を用いている。計算の結果、TDDFT計算の速度を飛躍的に向上させることに成功した。( J. Theor. Comp. Chem. (APCTCC Special Issue), 4, 265 - 280, 2005.;Chem. Phys. Lett., 420, 391 - 396, 2006.)

3. 汎用量子化学計算プログラムへの理論の導入

本研究室で開発した理論はさまざまな量子化学計算プログラムに導入されている。特にGAMESSプログラムおよびUTChemプログラムの密度汎関数法部分は常田、神谷、千葉らの開発したプログラムがベースとなっており、OP相関汎関数、LC法、LC-TDDFTが導入されている(無料のofficial版GAMESSで利用可能)。他にも、Amsterdam Density Functional (ADF)プログラムDmolプログラムにおいてOP汎関数が利用可能である。

4. 産学連携による取り組み

常田らはこれまで、様々な企業の研究所との産学連携により、実用上重要な応用化学計算およびそのアドバイスを行なってきた。主要なものでは、1996-1997年に、トヨタ・コンポン研との連携により、メタノールから低公害燃料の短鎖ガソリンを生成するMTGプロセスの新しい反応機構(メタン-ホルムアルデヒド機構)の提案に至った。また、2001-2003年には、新日鐵との連携により、鉄表面での有機分子の吸着性の官能基による違いを明らかにした。さらに、2004年から現在まで、日立化成との連携を行なっている。(J. Am. Chem. Soc., 120, 8222 - 8229, 1998.; J. Mol. Struct. (Theochem), 716, 45 - 60, 2005. )


研究著作
査読つき論文
査読つきレビュー

非出版著作
「大規模分子計算に向けた密度汎関数理論および高速計算プログラムの開発」(IML年次報告2003)
「密度汎関数法とは」(分子研・2005年12月)

講義資料
密度汎関数法関連書籍

個人的興味(常田)