1. 高機能ポリマーの創製を目指した新規精密重合触媒の開発
 優れた機能を持つ新しい高分子材料の合成を目指して、希土類錯体の特異な性質を生かし、高活性、高選択的な重合触媒系の構築を行っています。
1−1.スチレン−エチレンの立体特異的シンジオタクチック共重合触媒の開発
 図1に示すような、ポリマー鎖上のフェニル基が規則的に交互に配置する構造をとるシンジオタクチックポリスチレン(sPS)は耐熱性や対薬品性に優れたプラスチックですが、硬すぎて加工しにくく、脆いといった欠点を持っています。そこでエチレンなどを混ぜて共重合させ、sPSの長所を保ったまま柔軟性を付与する試みがなされてきましたが、従来の触媒では困難でした。しかし、私たちが独自に開発したハーフメタロセンスカンジウム錯体 1と[Ph3C][B(C6F5)4]からなる触媒を用いることで、世界で初めてスチレンとエチレンを、立体を制御したままブロック共重合させることに成功しました。この触媒は、スチレンとエチレンを混ぜて重合させることで、sPSブロックがポリエチレンブロックで繋がったmulti-block共重合体を与えます。また、この触媒を用いてスチレンの重合を行った後、そのままエチレンを添加すると、今度はsPSブロックとポリエチレンブロックの結合したdi-block共重合体が合成できます。

Reference
(1) J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 13190.
<ACS e-reprint>
1−2.ノルボルネンとエチレンの交互共重合触媒の開発
 ノルボルネンなどの環状オレフィンの重合体は耐熱性や耐薬品性が高いことに加え、高い透明度や屈折率といった特性を持つことから、光学レンズや光ファイバー用の光学樹脂としてとして注目を集めています。私たちは、上記のハーフメタロセンスカンジウム錯体 1と[Ph3C][B(C6F5)4]からなる触媒を用いると、エチレンとノルボルネンが1個ずつ交互に規則的に重合し、透明なポリマーを与えることを発見しました(図2)。また、同じ触媒が、ジシクロペンタジエン、エチレン 、スチレンの三成分共重合にも高い活性を示すことも報告しています(図3)。この触媒系はジシクロペンタジエンの二つの二重結合のうち、ノルボルネン構造上の二重結合のみを選択的に反応させることのできる初めての触媒です。



References
(1) Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 962. (2) Maclomolecules 2005, 38, 6767.
<ACS e-reprint>
1−3.イソプレンの位置及び立体選択的重合反応触媒の開発
 イソプレンは共役二重結合を持ち、反応する二重結合の位置や側鎖の立体の違いによって種々のポリマーを与える可能性があります(図4)。従って、優れた特性を持つポリイソプレンを得るには、ポリマーの分子量などに加え、重合の位置や立体を制御することが重要となります。


 当研究室では、図5に示すようなリン原子で架橋された二核イットリウム錯体 4 が、イソプレンの重合において、従来の触媒には見られない特異な活性を示すことを見つけ、完全に側鎖の向きが一方向に規定されている、アイソタクチック3,4-ポリイソプレンを選択的に合成することに世界で初めて成功しました。本重合反応は 5 のような二核構造上に単一の活性点を持つカチオン性錯体と考えれています。本重合反応で得られたアイソタクチック3,4-ポリイソプレンは、これまで合成されたことのない全く新しい高分子素材であり、高機能樹脂としての用途開発が期待されます。


 シス-1,4-ポリイソプレンは天然ゴムや合成天然ゴムに見られる骨格ですが、天然ゴム中のポリイソプレン構造は100%シス-1,4-構造に制御されているのに対し、合成ゴムでは通常98%程度が限度であり、このわずかな違いが天然ゴムと合成ゴムの大きな特性の違いの原因となっています。一方、天然ゴムにおいては、アレルゲンとなりうる不純物の混入といった問題に加え、その分子量や、分子量分布を精密に制御することが困難と思われます。私たちは、独自に設計した非メタロセン型イットリウム錯体 6 をイソプレンの重合触媒として用いることで、ポリマー構造を100%シス-1,4-構造に制御しつつ、極めて狭い分子量分布で(Mw/Mn < 1.1)ポリイソプレンを合成することに世界で初めて成功しました(図6、特許出願中)。これは天然ゴムを超える理想的な合成ゴムといえ、自動車のタイヤなど既存のゴム製品の物性を大きく改善できることが期待されます。以上の成果の詳細については、こちらのプレスリリースの解説もご覧ください。

References
(1) J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 14562. <ACS e-reprint> (2) Tetrahedron 2003, 59, 10525.
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2.高効率・高選択的な有機合成を目指した新規有機金属触媒の開発
 ほしいものだけをつくる高効率・高選択的な有機合成反応の開発を目指して、当研究室で独自に開発された希土類錯体を触媒とする新規反応の研究を行っています。
2−1.芳香族末端アルキンの選択的二量化反応
 シリレン架橋シクロペンタジエニル−アニリド配位子を持つ希土類錯体 1 を用いることで、芳香族末端アルキンのZ-選択的Head-to-Head二量化反応を初めて実現しました(図1)。この反応は、反応の際に失われる原子が全く無い、原子利用効率の高い反応であり、また、本触媒系は均一系であるにもかかわらず、反応後触媒の回収再利用が可能です。


 
この触媒系を 5 のよう二つの末端アルキンを持つジインの反応に用いると、重合反応が起こり、芳香環とエン−イン構造がπ−共役系でつながったポリマーを合成することができます。この重合反応はリビング性があり、カプロラクトン 6 などを後から加えることで、π−共役系芳香族ポリマーと極性ポリマーであるポリカプロラクトンがブロック共重合した柔軟なポリマーを合成することができました(図2)。更に、触媒の金属や配位子を変えることで、共役系を繋ぐエン−イン部分の立体をE-配置に制御することも可能です。このような反応で得られるπ−共役系芳香族ポリマーやπ−共役系芳香族エンイン化合物は、光吸収や発光特性を持っており、有機EL材料としての利用が期待されます。


 最近、我々はこのような反応で効率的に合成可能な(室温5分で98%収率) カルバゾ−ルユニットを持つ芳香族共役エンイン 7 を用いると、単独で白色発光を示す有機EL素子が作成できることを見つけました(図3)。これは単一発光化合物によってほぼ純粋な白色発光を実現した極めて興味深い成果です。


References
(1) J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 1184. <ACS e-reprint> (2) J. Mol. Catal. A: Chem. 2004, 213, 101.
(3) J. Am. Chem Soc. 2006, 128, 5592.
2−2.末端アルキンのカルボジイミドへの付加反応
 ハーフメタロセンイットリウム錯体 9 を触媒として用いると末端アルキンのC-H結合が活性化され、カルボジイミド 8 へ付加することを見い出しました(図4)。本反応も反応の際に失われる原子が全くない、クリーンな反応です。本触媒反応で得られるpropiolamidine 10は非常に加水分解されやすく、他の方法で合成することは困難であり、我々の触媒を用いることで初めて、種々のpropiolamidineを合成することが可能となりました。

Reference
(1) J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 16788.
<ACS e-reprint>
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3.多核希土類ポリヒドリド錯体の創製と反応基質に対する多点協同活性化
 複数の活性点による基質の協同活性化の効果を発揮する新しい反応場の構築を目指して、様々な多核希土類錯体の開発を行っています。
3−1.ポリヒドリド希土類クラスターの創製
 希土類金属上に複数の水素原子(ヒドリド)を持つポリヒドリド希土類錯体は、その構造や後周期遷移金属ポリヒドリド錯体との反応性の相違などの観点から古くより興味の対象となっていましたが、純粋な形で合成・構造決定された例は報告されていませんでした。当研究室では、ハーフメタロセン型希土類錯体 1を水素と反応させることにより、四核希土類ポリヒドリド錯体 2の合成と構造解析に初めて成功しました(図1)。このポリヒドリド錯体は溶液中でもクラスター構造を安定に保持可能です。

References
(1) Organometallics 2003, 22, 1171. <ACS e-reprint> (5) Organometallics 2005, 24, 4362.
<ACS e-reprint>
3−2.ポリヒドリド希土類クラスターの特異な反応性 ‐協同活性化効果‐
 上記の方法で合成したポリヒドリド希土類錯体は、複数の活性金属サイトによる協同活性化効果によって、C-C、C-N、C-O多重結合に対して、従来の単核希土類錯体やd-ブロック遷移金属には見られない高い反応性を示します(図2)。例えば、錯体2をベンゾニトリルと反応させると、四核構造は保持されたまま4分子のC-N三重結合がそれぞれ完全に還元され、錯体3が生成し、また、γ‐ブチロラクトンとの反応では、3分子のγ‐ブチロラクトンのC-O二重結合がやはり完全に還元され、錯体4を与えます。
 一方、錯体2 (Ln = Y) をジイン5と反応させると錯体6が生成しますが、この錯体は形式的には、[(Cp'YH)4]4+ユニットの二つのイットリウムで、7あるいは8のようなテトラアニオンがサンドイッチされた興味深い構造をしています。この錯体6、二酸化炭素に対し特異な反応性を示し、CO2との反応によって、CO2の二つのC-O二重結合を一挙に単結合へと還元し、メチレンジオレート錯体9を生成します。これは従来のヒドリド錯体とCO2との反応では一つの二重結合のみが還元され、ホルメート錯体が生成するのとは対象的な結果です。


 このように、ポリヒドリド錯体をはじめとする多核希土類錯体は多重結合に対して特徴的な反応性を持っており、これまでの研究では、これら錯体がシクロヘキセンオキシドとCO2の交互共重合や、ニトリルの三量化反応を触媒することが分かっています(図3)。現在、私たちは、多核希土類錯体の特徴をより生かした触媒反応の開発に向けて研究を進めています。

Reference
(1) J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 1312. <ACS e-reprint> (2) J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 8080. <ACS e-reprint>(3) Maclomolecules 2005, 38, 6767. <ACS e-reprint> (4) Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 959.
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