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テラヘルツ時間領域分光法 による分子分光 (主担当:保科 宏道)


1. はじめに

ここでは近年のフェムト秒レーザーの普及にともない急速に発展を遂げたテラヘルツ時間領域分光法を用いた分子の分光を行っている.

  テラヘルツ光(周波数~1012Hz)はこれまで遠赤外光と呼ばれていた領域の電磁波で,マイクロ波やミ リ波のような電波と赤外光との中間に相当するエネ ルギーを持つ.分子の分光をする上で,この領域には軽い分子の回転運動や分子振動の低周波数成分(炭素骨格の振動のような緩やかで振幅の大きい振動)水素 結合のような分子間の振動,また,分子内の内部回転運動などが存在し,この領域の分光情報からは,分子の構造や運動状態についての多くの情報が得られる.
  近年これらの情報は惑星・星間科学といった視点から注目されている.星間科学の分野ではALMASOFIA,そして最近日本から打ち 上げられた赤 外線観測衛星「あかり」はサブミリ波,テラヘルツ光をターゲットとするものであり,その観測から星間空間における分子進化の過程が解 明されることが期待されている.それらの観測に対して正確な分子の遷移周波数を与えるため,さまざまな研究室でBWOや差周波レー ザのような連続光源を用いた実験室分子分光が行われ,ラジカルやイオンなどの分子の正確な遷移周波数が決定されている.
  一方でテラヘルツ分子分光は地球科学でも非常に重要である.たとえば地球大気 における最も主要な温室効果ガスは,テラヘルツ領域に強い吸収帯を持つ水蒸気であり,地球の温室効果の60%を占めると言われている.(下図)従ってその 吸収 断面積を調べることは地球の熱収支を見積もる上で極めて重要である.テラヘルツ領域における水蒸気の遷移の中心周波数や強度については既に確立されたデー タが 存在し,HITRAN等のデータベースに収められているが,衝突による圧力広がりや圧力シフトに関しては,信頼できる測定値が不足している.



2. テラヘルツ時間領域分光法

本 研究では近年のフェムト秒レーザーの進歩に伴い発達を遂げ,より高感度,高精度な測定が期待できるテラヘルツ時間領域分光法(Terahertz Time Domain Spectroscopy; THz-TDS)を用いて分子の分光を高精度に行うことを目的としている.テラヘルツ時間領域分光法はフェムト秒レーザーによって生じる瞬間的な電界の変化(約1ps)を光源とし,その電磁波がサンプルを通過したときの強度変化をもとに物質の吸収を見る分光法である.我々が用いている(株)先端赤外の分光装置では半 導体内にフェムト秒レーザーを照射し,その時に生じるキャリアの生成・消滅に伴う瞬間的な電場の変化をテラヘルツ光として用いている.光学遅延ステージを 動かすことにより検出光の時間遅れをずらし,ディテクターに到達するテラヘルツ電場の時間変化を検出する.大まかな装置構成は下図の通りである

得 られたテラヘルツ電界の時間波形をフーリエ変換することで周波数スペクトルを得ることが出来る.下図の二つのグラフはサンプルがある時と無いときのテラヘ ルツ時間波形を示している.サンプル(この場合水蒸気)があることによって,Free Induction Decay(FID)といわれる時間波形のエコーが見られることがわかる.これらをフーリエ変換することにより周波数スペクトルになり,FIDの振動成分 が吸収ラインとなって現れる.

この分光法は,FIDを利用することからフーリエ変換マイクロ波分光法と 似ている(ただし,キャビティーは使わない).一方で装置的には距離で掃引したインターフェログラムをフーリエ変換してスペクトルを得ることから,FT- IR分光光度計に近い部分が多い.THz-TDSを遠赤外-THz領域の他の分光法と比較すると以下のようにまとめられる.

CW laser, BWOFT-IRTHz-TDS
周波数分解能~MHz~100 MHz1GHz
測定範囲 ~10 THz ~100 THz以上~4.0 THz
光源のパワー mW ~ nWmWmW
検出器Si Bolometer /
InSb Detector (4K)
EO/ 光伝導アンテナ (300K)
NEP@3THz10-9 ~10-10 W・Hz1/2~10-16 W・Hz1/2
ダイナミックレンジ

 

~103~108
S/N

 

光源の安定性

 

変調した検出
実験の容易さ×

tuFIRやBWOによる高分 解能な分光法に比べて感度や周波数精度で劣るTDSでは,イオンやラジカルの検出,遷移周波数の決定といった高分解能分光には向いていない.むしろその S/Nの良さと装置の安定性を活かしてブロードな吸収の正確な強度や形を測定することに利点を見いだせる

3.水蒸気の回転遷移の圧力広がり係数の測定

具体的な研究例としてここで挙げるのは,水蒸気の純回転 スペクトルの窒素と酸素による圧力広がり係数 γN2O2の測定である. この研究は情報通信研究機構電磁波計測研究センターとの共同研究で行われている.

太陽系の惑星はその惑星温度から、一般に、テラヘルツ領域に放射のピークを持つものが多く、テラヘルツ領域の分光の情報は重要である。例えば水蒸気の圧力 幅を広範囲に精度よく計測することは地球の放射収支の計算をするうえで非常に重要であるが、THz-TDSを用いることでより正確な測定が出来,精度・確 度のよい データを提供することが出来る.

ま た,地球上でのテラヘルツ応用を考える上で大気中の水蒸気による吸収は避けて通れない問題であるが,テラヘルツ帯の大気の窓における減衰率を計算する上で も水蒸気の圧力広がり係数は非常に重要なパラメーターである.実際に下図に示したのはHITRANデータベースの値と我々が測定した水蒸気の圧力広がり係 数の値を用いて計算した大気中のテラヘルツの減衰率であるが,パラメータの少しの違いによって減衰率が大きく異なっているのがわかる.


このような圧力広がり係数の測定は,広い周波数範囲を一度に測定でき,多数の遷移の同時測定やブロードな吸収の測定ができるフーリエ変換型分 光器が向いている.従来はFT-IRによって測定が行われてきたが,光源や検出器の安定性の良さから数桁良いS/Nを期待できるTHz-TDSをもちいることで,よりいっそう正確な測定を行うことができる.
下図は実際に我々のTDS装置によって求められた圧力広がり係数の値である.従来計算に用いられてきたHITRANデータベースの値に対してパラメーターの値が一割程度小さいことが明らかになっている.



4.学会発表,論文
    保科,他    2006 電気情報通信学会
    保科,他    2006 分光学会テラヘルツシンポジウム
    瀬田,他    2006   大気化学討論会
    瀬田,他    2006   気象学会

   



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