特集2009 重イオンビームを用いた変異技術による新品種の開発

阿部 知子

阿部 知子

1989年 東北大学大学院農学研究科農学専攻博士課程修了、博士(農学)の学位取得
1988年 東北大学遺伝生態研究センター 日本学術振興会 特別研究員
1990年に理化学研究所入所。薬剤作用研究室を経て、1998年に植物機能研究室先任研究員、2005年に加速器利用展開グループ先任研究員、2006年に仁科加速器研究センター生物照射チーム副チームリーダーを経て現職。

阿部チームリーダーから子供たちへのメッセージ

 「いろいろなことに興味を持ち、自分で答えを見つけてみよう」  インターネットの発達で、いまは誰かが発信した情報に触れる機会が多いですね。その結果、自分で直接体験する機会が乏しくなったように感じます。不思議な現象や疑問に出会ったら、なぜなのか、自分なりに仮説を立ててみて、それを確かめるために実際に手を動かして自分なりの答えを見つける、そういう繰り返しの中に思いがけない発見があると気づくと、きっと科学がもっと好きになると思います。
 私の経験を1つ、お話しします。大学時代にアスパラガスを研究対象にした時のことです。アスパラガスには雄(XY)と雌(XX)の区別があり、雄のアスパラガスは雌より収量が3割程度高いため、苗のうちに雄を選抜する方法の開発が求められていました。この頃、アスパラガスの性判定は花の形で行っていたのですが、花は種を播いて2〜3年経たないと咲かないので、苗のうちに雌雄を判別することはできませんでした。そこで、苗でも性判定ができるタンパク質を探していたのですが、この方法は特殊な分析機器が必要なため、たとえ開発できても生産農家では使えないことが分っていました。簡便な方法として雄株だけ生き残る薬剤はないかしらと、色々な化合物を含む水溶液で発芽試験を行いました。
 結局のところ、期待したような薬は見つからず、その実験自体は失敗だったのですが、それからしばらくしたある日、温室の片隅でマッチ棒のようなアスパラガスの幼植物に蕾(つぼみ)が付いていることに気づきました。「こんなに早く花が咲くはずがない、何かの間違いかしら」と思って、もう一度試験してみたのですが、やっぱり花が咲きます。「花咲かじいさんの灰ができた」と研究室でも盛り上がったのですが、残念ながら、アスパラガス以外では花が咲きませんでした。その上この薬は除草剤だったため、処理した個体はやがて枯れてしまいました。しかしその後に、植物ホルモンの研究を一緒に行っていた京都大学と更なる共同研究をすすめ、除草効果を抑えて花が咲く活性を高めるという化合物作りに成功しました。思いがけない発見から研究が進んだ例です。
 話は変わりますが、「生物は好きだけど、数学が嫌い」という人がいます。反対に「数学は好きだけど、生き物は苦手」という人もいます。私は「生物は好き、読めない数式は苦手派」で、農学部時代には、将来、生き物は苦手派の核物理学者と協力しながら、加速器を使う研究を行うことになるとは夢にも思いませんでした。でも、この“思っても見なかったこと”によって、成果を得ることができました。つまり、自分の研究分野と違うから関係ない、理解できないと決め付けるのではなく、まず、色々なことに興味を持ってアンテナを張ると新しい何かが生まれることがあったり、一人ではできないことも、仲間が集まるとできる、ということなんだと思います。理研では、その分野の権威という専門家がいっぱいいて、彼らの多くは親切で、聞きに行けば嫌というまでしつこく教えてくれます。その意味ではとても理想的な研究所です(笑)。