バイオ燃料電池入門
理研・美川 務

はじめに

近年,バイオ燃料電池という言葉をよく耳にするようになったと思います.バイオ燃料電池は広い意味では生命がエネルギーを生み出す仕組みを応用した発電技術であり,微生物を利用するものと酵素を利用するものが知られています.その中でも近年進歩が目覚ましいのは酵素を利用するバイオ燃料電池です.酵素を利用するバイオ燃料電池は酵素バイオ燃料電池,バイオ燃料電池,酵素燃料電池,酵素バイオ電池,酵素電池,バイオ電池など様々な名前で呼ばれています.近年は単にバイオ燃料電池(biofuel cell)と呼ぶことが一般的ですので,ここでもバイオ燃料電池と呼ぶことにします.


バイオ燃料電池とは

私たちは食べ物から活動するためのエネルギーを得ています.口から入った食べ物を様々な消化酵素で分解しながら,生命活動に必要なエネルギーを取り出しているのです.バイオ燃料電池は私たちが食べ物からエネルギーを取り出す反応を真似て発電する技術です.バイオ燃料電池がどのように食べ物から電気を取り出すのかを見てみましょう.


食べ物の持っているエネルギー

食べ物というと炭水化物や脂質,タンパク質を思い浮かべると思います.これらはすべて炭素がたくさんつながったもので有機物と呼ばれます.炭素がたくさんつながっている状態の方がエネルギーが高いので,私たちはそれらを少しずつ分解しながらエネルギーを取り出しています.そして,最終的に食べ物はエネルギーの低い炭素が一個しかない二酸化炭素にまで分解されます.ここで炭素と炭素の結合にあるブルーの点に注目しましょう.この点は電子なのですが,炭素と炭素は電子を介して結合しています.バイオ燃料電池では炭素と炭素の結合を切るときにこれらの電子を取り出すことによって発電を行います.


バイオ燃料電池の仕組み

それではバイオ燃料電池の仕組みを見ていきましょう.こちらはバイオ燃料電池の模式図です.−極にある緑色の丸は酸化酵素です.私たちが食べた物を消化する酵素です.例えばブドウ糖を摂取するとエネルギーになりますが,それは酵素でブドウ糖を分解しながらエネルギーを取り出しているからです.バイオ燃料電池では糖などの有機物を酸化分解し,結合の中にある電子を取り出します.取り出された電子は発電に使われ,その後+極に向かいます.+極には青い丸の還元酵素があります.還元酵素は酸化酵素とは反対に結合を作って分子を合成する酵素です.バイオ燃料電池では+極にやってきた電子は酸素と水素の結合をつくるのに使われ,水が合成されます.


水素燃料電池との違い

燃料電池というと,燃料電池自動車やエネファームなどを思い浮かべるかと思います.実際に燃料電池自動車は水素を燃料に水しか出さないエコな自動車として実用化されています.図は水素燃料電池の模式図ですが,バイオ燃料電池と非常によく似ていることが分かります.水素燃料電池では水素を白金などの金属触媒で分解する際に水素と水素の間にある電子を取り出して発電しています.また+極にやってきた電子は酸素と水素の結合をつくるのに使われ,この時も金属触媒が使用されています.すなわち,バイオ燃料電池は水素燃料電池の燃料を水素から有機物に変更し,触媒を金属触媒から酵素に変更した燃料電池なのです.


バイオ燃料電池のメリット

バイオ燃料電池のメリットとして触媒に希少な金属を必要としないことがあげられます.例えば水素燃料電池に使用される白金は非常に希少で埋蔵量も限られています.地球上のすべての白金を使用したとても,すべての自動車を燃料電池自動車にすることはできません.一方,バイオ燃料電池の触媒は酵素ですので,無尽蔵であり,安価に大量に調製することが可能です.そして,酵素は金属のように環境を汚染することもありませんから,エコでクリーンであることもメリットです.酵素を触媒としたバイオ燃料電池は生体親和性が高いので,体内で使用する場合なども,金属を触媒に用いる電池より安心で安全であると考えられます.また,酵素は体温で働く触媒ですので,反応を促進させるために高温にする必要がありません.この点でもバイオ燃料電池は安心で安全な電源であると言えます.最後にバイオ燃料電池はまだまだ改良する点が大きく残されており,将来的な伸びしろが大きいです.この点も,メリットと言えるのではないでしょうか?


バイオ燃料電池の潜在能力

ではバイオ燃料電池にはどれくらいの潜在能力があるのでしょうか?現在,もっとも使用されている電池といえばリチウムイオン電池が思い浮かぶと思います.スマートフォンや様々なモバイル機器などに搭載されています.ただ,もう少し電池が持てばよいのになぁという声もよく聞かれます.リチウムイオンの重量エネルギー密度(重さあたりの容量に相当)は544 Wh/kg です.これに対して,ブドウ糖を燃料にしたバイオ燃料電池は3,927 Wh/kg にもなります.もちろん,これはブドウ糖からエネルギーをあますことなく抽出できた場合の値ですが,バイオ燃料電池には高い潜在能力があると言えるのではないでしょうか?現在のバイオ燃料電池は一段階の酸化反応で2電子しか取り出せていませんが,もう1段階反応が進めばリチウムイオン電池並みになります.さらに,3段階目,4段階目と多段階の反応を実現すれば,リチウムイオン電池よりもずっと長持ちする電源になります.近い将来,角砂糖1個で1週間使えるスマートフォンが登場するかもしれません.


バイオ燃料電池のある未来

いかがだったでしょうか?バイオ燃料電池には未来を変える大きな力があることがお分かりいただけたと思います.未来では生ごみなど廃棄物を利用した発電技術に応用され,SF映画のように車やドローンも生ごみで動くようになるかもしれません.生命と同じ様に食べ物を食べて駆動するロボットやペットも現れるかもしれません.一方,バイオ燃料電池の強みは生体内で発電可能であることですから,電池交換不要のペースメーカーなどにも応用可能です.将来的には人工臓器や義手など様々なサポート器具を自身で動かせる世界が来るでしょう.食べ過ぎて太ってしまった人は自分の身体から電力を供給すればダイエットにもなりますしね.

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