個別研究内容紹介
超高速時間分解蛍光顕微鏡の開発:フェムト秒ダイナミクスイメージング
蛍光寿命をもとにした試料のイメージング(Fluorescence Lifetime Imaging Microscopy: FLIM)は通常、タイムゲート法や単一光子計測装置、及びストリークカメラ法を用いて行われていました。従って、FLIM測定の時間分解能は、用いるシステムのエレクトロニクスに依存し、数十ピコ秒からナノ秒程度にとどまっていました。通常の蛍光寿命はおおよそナノ秒の時間領域なのでFLIM測定には十分ですが、フェムト秒からピコ秒領域の蛍光ダイナミクスは分子の電子緩和や振動緩和、回転といった様々な情報を豊富に与えてくれるため、顕微鏡下の試料を高い時間分解能でイメージ化することが出来れば、新しい試料の二次元情報を得られるはずです。このような考えに基づき、我々は二種類の時間分解蛍光顕微鏡を開発しました。それらは、フェムト秒蛍光アップコンバージョン顕微鏡[1-3]と非走査型ピコ秒光カーゲート顕微鏡[4]で、フェムト秒からピコ秒の時間分解能とナノからミクロスケールの空間分解能を同時に実現した顕微鏡です。これらを用いることにより、超高速蛍光ダイナミクスによる試料のイメージングが可能となりました。
1.フェムト秒蛍光アップコンバージョン顕微鏡
フェムト秒蛍光アップコンバージョン顕微鏡は、共焦点光学顕微鏡と蛍光アップコンバージョン法を組み合わせることにより実現しました。100倍の対物レンズ(N.A.=1.3)を用いることにより、時間分解能520fs、空間分解能340nmを同時に実現しました(励起光波長400nm)。超高速蛍光ダイナミクスをもとにしたイメージング、つまりフェムト秒ダイナミクスイメージは試料位置をスキャンし、試料の各点で時間分解蛍光強度を観測することにより作成しました。測定に用いた有機分子微結晶の一つであるα-ペリレンの顕微鏡写真を図(a)に示します。フェムト秒時間分解蛍光強度を-5, 1, 3psの遅延時間で観測し、単一指数関数による減衰を仮定することで見かけの時定数を算出し、イメージの作成を行いました。時定数の観測を図(a)の点線で囲んだ領域について行ない、その時得られたイメージを図(b)に示します。顕微鏡写真上では均一に見える試料でも、蛍光ダイナミクスをもとにしたイメージでは不均一であることが観測されました。イメージの観測後、試料上の特定の箇所での全時間領域における時間分解蛍光を観測したところ、自由励起子の寿命が結晶の端で非常に短くなっていることが観測されました。

(a)α-ペリレンの顕微鏡写真と(b)アップコンバージョン顕微鏡によって得られた、フェムト秒ダイナミクスイメージング。(c)非走査型ピコ秒光カーゲート顕微鏡により得られたα-ペリレンの時間分解蛍光像(蛍光波長530nm)
2.非走査型ピコ秒光カーゲート顕微鏡
蛍光アップコンバージョン顕微鏡の開発により、顕微鏡下の試料を超高速蛍光ダイナミクスをもとにイメージングを行うフェムト秒ダイナミクスイメージの作成が可能になりました。しかしながら実際の測定は試料位置を移動させながら時間分解蛍光強度の観測を行うため、全領域のスキャンに長い時間がかかります。このため我々は、時間分解能はアップコンバージョン顕微鏡には劣りますが、試料のスキャンなしに一度に時間分解蛍光像の観測が可能な新しい顕微鏡、非走査型ピコ秒光カーゲート顕微鏡の開発を行いました。この顕微鏡は光カーゲート法を試料の顕微鏡像に適用することによって、約1.4psの時間分解能と1μmの空間分解能を同時に実現しました。広がりをもって進む励起光(400nm)を顕微鏡の第一対物レンズに導入することで、励起光は試料の広い領域(~80μm)を一度に光励起することが可能となっています。光励起された領域からの蛍光像はカー媒質(二硫化炭素)に導入され、光カーゲート法により時間分解されました。開発された顕微鏡は同じく有機分子微結晶のα-ペリレンに応用されました。図(c)からも分かるように、顕微鏡下の広い領域を同時に光励起できていることが分かります。光励起後の各遅延時間における時間分解蛍光像は、負の遅延時間における蛍光像を引き算することで求めました。得られた時間分解蛍光像では結晶の端から強い蛍光が観測されていますが、これは結晶の内部で発せられた蛍光が、本装置の時間分解能内の時間に結晶中を伝播し、結晶の端で発光することによるものです。
- [1] T. Fujino and T. Tahara, J. Phys. Chem. B 107, 5120-5122 (2003).
- [2] T. Fujino and T. Tahara, Appl. Phys. B, 79, 145-151 (2004).
- [3] T. Fujino, T. Fujima, and T. Tahara, J. Phys. Chem. B, 109, 15327-15331 (2005).
- [4] T. Fujino, T. Fujima, and T. Tahara, Appl. Phys. Lett., 87, 131105-131107 (2005).