超分子構造を含む多元系分子性導体の開発


超分子は,2つ以上の分子が分子間力で会合する結果できる高次の集合体であり,その構造様式は非常に多様で,また系統的な設計が可能です。
超分子構造を持つ化合物の研究は,近年非常に盛んであり,多くの新規な結晶構造が報告されています。しかし,これを固体物性の観点から応用した例はほとんどありませんでした。
一方,分子性導体は通常カチオンとアニオンからなる2元系ですが,結晶作成の際にしばしば溶媒分子が結晶内に取り込まれ,3元系分子性導体が得られることがあります。時として,この第3の成分が物性(例えば超伝導転位温度)に影響を与えることが知られています。その点で中性分子を含む多元系分子性導体は,興味ある系であると言えます。

しかし,溶媒分子の取り込みはあくまでも偶然に頼ることが多く,また,このようにして取り込まれた溶媒分子は,多くの場合,結晶内では緩く束縛されているために,伝導物性にとっては望ましくない「配向の乱れ」を示します。そこで多元系分子性導体の開発には,中性分子を結晶中に堅固な構造の一部として制御可能な形で組み込むことが必要となってきます。

当研究室では,電子不足ヨウ素を含む中性分子とアニオンとの間に働く,一種のルイス酸−ルイス塩基相互作用に着目しました。
つまり,この相互作用を利用して中性分子とアニオンとから成る堅固な超分子構造を構築できるのではないかと考えました。実際,含ヨウ素中性分子の存在下,TTF系ドナ−分子の定電流電気分解を行うことによって目的とする新規分子性導体を得ました。含ヨウ素中性分子としてはDIA(Diiodoacetylene), TIE (Tetraiodoethylene), p-BIB(p-Bis(iodoethynyl)benzene) の3種類を用いました。
X線結晶構造解析の結果,いずれの新規分子性導体においても,結晶中に中性分子とアニオンとからなる超分子構造が構築されていることがわかりました。しかも,その構造様式は,1次元鎖,2次元シ−ト,3次元ネットワ−クと非常に多様です。

このような超分子構造を持つアニオンに対応して,ドナ−分子のカチオンラジカルの配列も従来見られなかったようなユニ−クなものが多数見い出されました。ここでそのいくつかを紹介します。


これは,(BEDT-TTF)2X(DIA) (X=Cl, Br)で見られる,DIA(I−C≡C−I)分子とX-アニオンとからつくられた,無限に続く1次元鎖です。
ヨウ素とハロゲン化物イオンとの距離はファンデルワ−ルス距離より約20%も短くなっています。BEDT-TTF分子は,2次元フェルミ面を形成し,系は極低温まで金属状態を保ちます。

次は,(BEDT-TTF)6(AuBr2)6Br(TIE)3で見られる,テトラヨ−ドエチレン(TIE)とAuBr2-アニオン(直線状のアニオンで,画面に垂直に立っています)さらにBr-アニオンとからできた,2次元シ−トです。
AuBr2-は,中心の金(黄色の原子)の部分でヨウ素と短いコンタクトをつくっています。BEDT-TTF分子はカラムも二量体も形成しない,今までに見られなかったユニ−クな分子配列をとっています。この系で興味深いことは,BEDT-TTF分子の形式電荷が+1以上という高酸化状態にある点です。この物質は,150K付近まで金属状態を保ちます。
これは,高酸化状態にあるBEDT-TTF塩としては大変珍しいものです。

最後は,(EDT-TTF)4BrI2(TIE)5で見られる,3次元的なネットワ−ク構造です。
5個のテトラヨ−ドエチレン分子が,Br-とI-にブリッジされて,5角形を形成し,これが積み重なってネットワ−クが出来上がっています。この5角形のチャンネルにEDT-TTF分子の1次元カラムがすっぽりとはまっています。
したがって,伝導電子は周囲を絶縁体で囲まれたナノスケールのワイヤーの中を動いていると言えます。実際,電気伝導度の異方性は,カラムに平行な方向と垂直な方向で約2000:1と,非常に大きくなっています。

これらの他にも,多数の超分子構造が得られましたが,アニオンに対して中性分子がどのように”配位”しているかを下図にまとめてあります。これを見ると,超分子構造はひとたび出来てしまうと堅固なものですが,状況に応じて多様な形態をとり得るフレキシビリティ−も持っていると言えます。

超分子構造を含む多元系カチオンラジカル塩は,今までのドナ−とアニオンという2つの軸に,もう1つ「中性分子」という新しいパラメ−タ軸を加え,物質開発の可能性を大きく拡げました。また,中性分子を化学修飾することによって,局在スピンや光応答性などを持たせることができれば,可能性はさらに拡がっていくと思われます。


参考文献
H. M. Yamamoto, J. Yamaura, and R. Kato, J. Mater. Chem., 8, 15 (1998).
H. M. Yamamoto, J. Yamaura, and R. Kato, J. Am. Chem. Soc., 120, 5905 (1998).
H. M. Yamamoto, J. Yamaura, and R. Kato, Synth. Met., 102, 1515 (1999).
H. M. Yamamoto, J. Yamaura, and R. Kato, Synth. Met., 102, 1448 (1999).
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Y. Oshima, H. Ohta, K. Koyama, M. Motokawa, H. M. Yamamoto, and R. Kato, J. Phys. Soc. Jpn., 71, 1031 (2002).



研究メンバー
山本浩史高坂洋介、中尾朗子、山浦淳一、前田涼子

関連する項目
分子ナノワイヤーの研究
超分子構造を用いた形式電荷制御


 
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