次元性の異なる2種類の伝導層を持つ有機超伝導体

(TMET-STF)2BF4



有機ドナ−分子TMET-STFは,以下のような方法で合成される非対称分子です。
この合成法の特徴は,中間体としてチタノセン錯体を用いる点にあり,これによって有害な二セレン化炭素やセレン化水素の使用を避けることができます。

この分子は,(擬)1次元的な電子構造を与えやすいHMTSFのユニット(上図で左側の青い部分)と2次元的な電子構造を与えやすいBEDT-TTFのユニット(赤い部分)とから構成されています。
この非対称ドナ−分子のカチオンラジカル塩(TMET-STF)2Xの内,BF4,ClO4塩の結晶構造は同形です。結晶の単位格子に,結晶学的に独立な2本のカラム(A,B)を含んでいます(下図参照)。
2本のカラムは,対アニオンによって互いに隔てられています。カラムBは通常のカラムなのですが,カラムAではTMET-STF分子がかなり“ゆとり”をもって積み重なっています。これは,分子面間の距離が長くなっていることからもわかります。
このため,カラムAではカラムに沿った方向の分子間相互作用が弱くなっており,その結果,分子間相互作用の異方性が相対的に小さくなっています。バンド計算によると,カラムAに由来するフェルミ面は円筒状の2次元フェルミ面で,一方カラムBに由来するフェルミ面は(擬)1次元的平面フェルミ面となります。
このように,1つの結晶の中で,次元性が互いに異なる伝導層が交互に繰り返されるという興味ある状況にあると考えられます。

BF4, ClO4塩の伝導挙動は共通点が多く,共に高温側(約100K近傍)と低温側(13−22 K)に抵抗異常(抵抗極小) を示します。 BF4塩は,常圧下,約4Kで超伝導転移を示します(下図参照)。
超伝導転移温度Tcの圧力依存性は小さく,10.6kbar でTc = 2.2 Kです。 一方, ClO4塩では,常圧から16.8kbarまでの圧力範囲で超伝導転移は観測されません(測定最低温度は1.5K)。

TMET-STFのカチオンラジカル塩(TMET-STF)2Xは,有機超伝導体Bechgaard塩(TMTSF)2Xと同形のもの(X=Au(CN)2)から,BEDT-TTF塩と同形のもの(X=PF6),さらには上で述べたBF4,ClO4塩のように,一つの結晶の中に擬1次元的な伝導層と2次元的な伝導層とが共存していると考えられるような系等を含み,多様な電子構造を示します。
この中でも,BF4塩は,1次元電子系の不安定性と2次元金属状態(と超伝導状態)の競合という観点からも,特に興味ある系であるといえます。


参考文献
R. Kato, K. Yamamoto, Y. Okano, H. Tajima, and H. Sawa, Chem. Commun., 1997, 947.
Y. Okano, H. Sawa, S. Aonuma, and R. Kato, Synth. Met., 70, 1161 (1995).
Y. Okano, H. Sawa, S. Aonuma, and R. Kato, Chem. Lett., 1993, 1851.
R. Kato, K. Yamamoto, Y. Kashimura, Y. Okano, and S. Aonuma, Synth. Met., 103, 2020 (1999).
Y. Okano, M. Iso, Y. Kashimura, J. Yamaura, and R. Kato, Synth. Met., 102, 1703 (1999).
S. Uji, C. Terakura, T. Terashima, Y. Okano, and R. Kato, Phys. Rev. B, 64, 214517 (2001).


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