![]() |
![]() |

![]() |
ところで ,DMe-DCNQI分子は ,2個のメチル基(CH3-)に6個そして6員環に2個 ,合計8個の水素原子を持っています。 驚くべき事に ,DMe-DCNQIの8個の水素原子をすべて重水素に置換する(d8-体)と,その銅塩は約84Kで絶縁体に転移します。この金属−絶縁体転移は ,非常に狭い温度範囲で抵抗が一挙に7-8桁もジャンプするという激しいものです(左図の縦軸に注目して下さい)。絶縁体領域での抵抗値は,通常の測定装置では測れないほど大きいものです。 先程述べたように重水素置換していないDMe-DCNQI(h-体)の銅塩は極低温まで金属でした。 |
|
では,部分的に重水素化するとどうなるのでしょうか。 DMe-DCNQIの8個の水素原子を重水素に置換する仕方は,その位置と個数を考えると全部で35通りあります。これらを有機合成的につくり分けることは基本的に可能です。 その一つであるd2[1,1;0]-体の比抵抗の温度依存性を右に示します。この例では,二つのメチル基の各々に重水素が1個ずつ入っています。温度を下げていくと,系はまず先程と同様に激しい金属−絶縁体転移を示します。 しかし,さらに温度を下げていくと,系は再び金属状態に戻ってきます。この「絶縁体−金属」転移も極めて激しいものです。抵抗は一挙に8-9桁も減少します。 このような劇的な転移が,わずか2個の水素原子を重水素に置換するだけで起こるということは驚きです。 |
![]() |
重水素化によって何が起こったのでしょうか。| (DMe-DCNQI)2Cuにおける異常な同位体効果は,重水素置換だけにはとどまりません。 右図に示すように,シアノ基の炭素原子を13C原子に置換しても,さらに4個の窒素原子をすべて15N原子に置換しても,重水素置換と同様の効果が観測されます。 この場合の同位体効果のメカニズムはまだよくわかっていませんが,いずれにしても,この系は様々な同位体置換に対して電子状態が著しく変化するたぐい希な系であるといえます。 |
![]() |
DCNQI-Cu系は,低次元伝導電子系,強い電子相関,電子−格子相互作用,有機pπバンドと金属d軌道との相互作用等の,多くの魅力的な問題に深く関わっています。
また,ここで紹介した同位体置換体のように,合成化学的手法によって物性を精密に制御できるのも大きな特徴です。従来の分子性導体の伝導性を担っていたのはpπ軌道でしたが,これにd軌道が加わることによって,新しいタイプの分子性金属が生まれます。
このようなπ−d相互作用も今後の分子性導体開発の重要な課題です。
R. Kato, H. Sawa, S. Aonuma, M. Tamura, M. Kinoshita, and H. Kobayashi, Solid State Commun., 85, 831 (1993).
S. Uji, T. Terashima, H. Aoki, J. S. Brooks, R. Kato, H. Sawa, S. Aonuma, M. Tamura, and M. Kinoshita, Phys. Rev. B, 50, 15597 (1994).
S. Aonuma, H. Sawa, and R. Kato, J. Chem. Soc. Perkin Trans. 2, 1541 (1995).
加藤 「固体物理」30(3), 269 (1995).
R. Kato, Bull. Chem. Soc. Jpn., 73, 515 (2000).