ヨウ素を含んだTTF誘導体を用いた

"Crystal Engineering"


分子性電気伝導体の電子構造に多様性を与えているのは,結晶内の分子配列です。
π共役系分子は平面的で(分子波動関数の拡がりの)異方性が大きいので,分子配列の違いによってトランスファ積分は千変万化です。したがって,分子性伝導体における電子構造の制御は分子配列と極めて密接に関連しています。分子性伝導体は通常カチオンとアニオンとから構成されているので,カチオンとアニオン間の相互作用は,結晶全体の構造を決める上で重要な役割を担っているはずです。それにもかかわらず,従来の分子性伝導体の開発では,単一分子の設計のみに集中し,カチオンとアニオン間の相互作用に関する考慮はほとんどなされてきませんでした。
そこで,当研究室では,"強く"かつ"指向性"を持つカチオン−アニオン相互作用としてヨウ素−シアノ基間相互作用を分子性導体の結晶構造制御に応用することを試みました。この相互作用は,p-ヨ−ドベンゾニトリルのような中性有機結晶で見られ,結晶内における分子配列を支配していると考えられているものです。

具体的には,ヨウ素原子をTTF骨格に,シアノ基を対アニオンへ割り振ることで,上記のカチオン−アニオン相互作用を分子性導体中で実現しました。さらに,シアノ基以外に,ハロゲン原子あるいは硫黄原子などの孤立電子対を持つ原子(団)でも,このような相互作用が実現できることがわかりました。実際に用いたドナ−分子とアニオンを以下に示します。

ハロゲン元素であるヨウ素をドナ−に導入することは,一見不利のように思えますが,実はヨウ素の電気陰性度は炭素よりも小さいので,ヨウ素を導入してもドナ−の能力は損なわれません。しかも,HOMOが分子末端のヨウ素原子上にまで拡がっているために,ク−ロン反発力や分子間相互作用等の点で有利となります。
ヨウ素−アニオン相互作用は,実に様々のユニ−クな結晶構造を与えます。例えば,DIETSのM(CN)4塩(M=Ni,Pd, Pt)では,ヨウ素−シアノ基相互作用によって対アニオンまで含めた高分子状の繰り返し構造が発現しています(下図参照)。このようなカチオン−アニオン相互作用によって制御された分子配列が結晶全体に拡がった構造は,従来の分子性導体には見られなかったものです。

含ヨウ素TTF誘導体は,単にユニ−クな結晶構造を生み出すだけではなく,局在スピンを持つアニオンと組み合わせることによって,ヨウ素−アニオン相互作用を遍歴π電子と局在スピンとの相互作用に応用できる可能性を持ちます。
例えば,DIETSのFeX4(X=Cl, Br) の2:1 塩では,ドナ−分子上のヨウ素原子とアニオン上のハロゲン原子との間の強い相互作用によって3次元的な高分子状編み目構造が形成されています(下にFeCl4塩の結晶構造を示します)。FeCl4 塩は4.2Kまで,FeBr4 塩は約15 Kまで金属状態を保ちます。



参考文献
T. Imakubo, H. Sawa, and R. Kato, Synth. Met., 73, 117 (1995).
T. Imakubo, H. Sawa, and R. Kato, J. C. S. Chem. Commun., 1995, 1667.
T. Imakubo, H. Sawa, and R. Kato, J. C. S. Chem. Commun., 1995, 1097.
T. Imakubo, H. Sawa and R. Kato, Mol. Cryst. Liq. Cryst. 285, 27 (1996).
T. Imakubo, H. Sawa, and R. Kato, Synth. Met., 86, 1847 (1997).
T. Imakubo, H. Sawa, and R. Kato, Synth. Met., 86, 1883 (1997).
T. Imakubo, T. Iijima, K. Kobayashi, R. Kato, Synth. Met., 120, 899 (2001)
T. Imakubo, A. Miyake, H. Sawa, and R. Kato, Synth. Met., 120, 927 (2001)
T. Imakubo, N. Tajima, M. Tamura, R. Kato, Y. Nishio, and K. Kajita, J. Mater. Chem., 12, 159 (2002).



「研究テーマ」に戻る