エネルギー特集2 強相関電子系の研究

強相関電子系を活用した熱電変換が、エネルギー問題の解決に新たな一歩を。

電子や分子といった個々の構成要素が大量に集まると、全く予測していなかった機能や性質が現われることがある。これを「創発」と言う。そのキーワードを冠し、
2013年4月、理研が新たに創設した「創発物性科学研究センター(CEMS)」は、
物理・化学・エレクトロニクスの3部門の専門家を集結させ、環境調和型の持続可能な社会実現のため、その一歩を踏み出した。
CEMSは何を目指し、どんな研究を行うのか?
注目したのは、CEMSの重要な研究のひとつ「強相関電子系」だ。
現代社会が抱えるエネルギー問題を解く鍵となる強相関電子系とは何か?
強相関物質研究チーム田口康二郎チームリーダーに、研究の今と、その可能性を聞いた。

田口康二郎
田口 康二郎(Yasujiro Taguchi) 創発物性科学研究センター 強相関物質研究チーム チームリーダー

――CEMSでは、エネルギー問題の解決に取り組んでいますね。

田口 康二郎

十倉好紀センター長が述べているように、これまで人類の歴史には二つの大きなエネルギー革命がありました。一つめが、産業革命の時代に起きた、石炭を燃やして蒸気を発生させ、汽車や機械を動かす、熱エネルギーから力学的エネルギーへの変換です。これはさらに、蒸気でタービンを回す火力発電へと進展し、電気エネルギーにまで変換することが可能になりました。
二つめは核エネルギーの登場です。原子力発電は核エネルギーを利用しています。しかし火力発電同様に、蒸気でタービンを回して発電する、つまり、力学的エネルギーから電気エネルギーへの変換という点は変わっていません。
そして、これからの数十年で飛躍的に進展しつつある第三のエネルギー革命。それは、固体中の電子の機能を利用することによって、力学的なエネルギーを介さず電気エネルギーを得ようというものです。CEMSでは、太陽光を電気に変換する光電変換(太陽電池機能)や、熱エネルギーを直接電気エネルギーに変換する熱電変換などに注目し、エネルギー問題の解決に貢献しようとしています。私の研究課題である強相関電子系は、この熱電変換における変換効率の向上に資するものです。

――熱電変換でエネルギーを得るとは、具体的にどんなことでしょう?

熱電変換とは、簡単に言うと、熱から電気を取り出し、また、電気を使って熱を取りさることができる熱電変換材料を用いて、エネルギーを変換することです。現在は、エネルギーといえば石油などの化石燃料が主流ですが、そのエネルギーの大半が活用されずに、熱として捨てられています。たとえばクルマの場合、ガソリンを燃やして得られるエネルギーのなかで、動力として使われるのは約3割。7割が廃熱として捨てられているといわれています。他にも、工場や焼却炉、発電所などでも膨大な廃熱があります。これらの廃熱を熱電変換材料に導いて電気を取り出せれば、化石燃料の消費を大幅に削減できます。一方、これと逆の過程で、熱電変換材料に電気を流してモノを“冷やす”こともできます。既に小型冷蔵庫やワインクーラーなどに実用化されています。今後、さらなる高効率の熱電変換材料が開発されて冷蔵庫やエアコンに適用できると、消費電力量の大きいコンプレッサーなどが不要となります。音も静かなうえ、フロンなどの冷媒ガスも使わないので環境負荷の低減にも貢献します。

――強相関電子系は熱電変換にどうかかわるのでしょう?

田口 康二郎

その前に、強相関電子系を説明します。電子はマイナスの電荷を帯びているため、互いに反発しあっています。また、スピンと呼ばれる小さな磁石としての性質を持ちます。現在、多くの電子機器に使われているシリコンなどの半導体では、電子の密度は低く互いに離れており、そのため独立な粒子として振る舞い、外部から電圧や磁場を与えて個々を制御します。
一方、強相関電子系では、電子が満員電車の中のように高密度にぎっしり詰まっています。個々の距離が近いため相互作用が強く、外部からの電圧や磁場などに対して電子がまとまって動く性質があります。この性質のため、あるタイプの強相関電子系に磁場をかけると、小さな磁石である電子のスピンの向きが同じ方向に揃いだします。このとき、同じ向きの電子間には反発力が働きにくいため電子が動きやすくなって、電流が流れるという現象を示すのです。
このような強相関電子系を使えば、熱エネルギーを電気エネルギーに変換するときの効率が非常に高くなる可能性が指摘されています。それは、強相関電子は多くの自由度を持ち、一つの電子あたりが運ぶ熱量が大きくなるからです。私たちの研究チームは、強相関電子系の持つこのような性質を生かし、高効率な熱電材料の開発を大きな目標としています。

――有効な熱電変換材料は、既に発見されていますか?

実社会に革命をもたらすほど高効率な熱電変換材料の開発には、時間と労力がかかるでしょう。高効率な熱電材料を探すのは、非常に難しく、目星をつけた物質の特性を測定し、最適の組み合わせを見出さなくてはなりません。CEMSには、物質合成や物性測定に長けたチーム、理論設計に強いチームなど、熱電物質を含めた物性物理のエキスパートがそろっています。その総合力を結集して挑めば、近い将来大きなブレークスルーも夢ではないと思っています。

――強相関電子系の材料では熱電変換のほかにどんなことが可能なのでしょう?

さまざまな電子機器で、消費電力をほとんど使わず超高速演算ができるようになります。現在、パソコンなどのハードディスクに情報を書き込むには、電流を流して磁場を発生させ、磁化を反転させることによって0と1のデジタル情報を記録したりしています。電流を流すにはある程度の電力が必要で、熱という形でエネルギーの損失が発生します。ところが、強相関電子系を使えば、「電場をかけると磁化が反転する」という特殊な現象が起こり得て、電流をほとんど流さずに磁化の反転が可能です。つまり、消費電力は限りなく少なく、たとえば従来の1000分の1やそれ以下でも磁気情報の操作が可能になります。
それには“マルチフェロイックス”という物質を使います。私たちの研究チームは、世界で初めて、電場のみによって磁化を反転することが可能なマルチフェロイックス物質をつくることに成功しました。欧米の研究者は、測定には凝っても、物質を合成することは外部にお願いすることが多いのですが、私たちは自分たちの手で、物質合成から測定まで行うことが強みでした。何度失敗しても、自分たちで次のアイディアをだして、つくり直せるからこそ実現できたと思います。

――CEMSの今後の目標は何でしょう?

ここ20年来、物性科学全体が活性化されており、新しい概念や実験手法、評価方法などが次々に生まれています。CEMS内のさまざまなチームで、高効率な熱電材料の発見、より高い温度での超伝導の実現、新しい原理に基づく太陽電池機能の実証や変換効率の向上など、エネルギーの新しい未来をつくるべく、努力を重ねています。CEMS内での横のつながりも強め、相乗効果を生み出すことができれば、第三のエネルギー革命も夢ではないと思います。
私自身は、大学院生の頃は純粋に学問的な真理の探究に強く興味を持ち、実用化について意識したことはほとんどありませんでした。しかし、プロの研究者になり、また教員として学生を教え始めた頃から、社会的責任も大きくなり、次第に社会に役立つ研究を行いたいという思いも強くなりました。高効率な熱電変換材料はこれからの社会に非常に有用です。電場で磁化を反転できるマルチフェロイックス物質をつくったときも、数十回の失敗を重ねました。これからも、きっと成功するという信念を持ち続け、新たな熱電変換材料つくりに挑戦し続けます。