エネルギー特集1 社会知創成事業 フレネル・サン・ハウス

太陽のチカラを熱に、電力に。再生可能エネルギーのニューフェース登場。

理研と企業が一体となって研究を進める社会知創成事業。
人類が持続可能な社会を営むために、応用に通じた企業技術者と協同で、理研の基礎研究を世の中のために役立てようという試みだ。
この事業のなかでも注目を集めるのが、新しい切り口で太陽光を利用した熱電併給システム「フレネル・サン・ハウス」。
太陽光から熱を、そして電力をつくり、お湯も電気も両方を利用しようというアイデアで登場するのは、不思議な透明の四角い箱。
この箱が再生エネルギーの未来をどう変えるのか?
開発の責任者・東謙治チームリーダー、そして、箱の鍵を握る大森整副チームリーダーが語る。

東 謙治 大森 整
東 謙治 社会知創成事業イノベーション推進センター 光熱エネルギー電力化研究チーム チームリーダー
大森 整 社会知創成事業イノベーション推進センター 光熱エネルギー(兼)電力化研究チーム 副チームリーダー 大森素形材工学研究室 主任研究員

――光熱エネルギーの電力化とはどんなものでしょう?

東 謙治

東 謙治氏

東:ごく簡単に言えば、太陽光の光エネルギーを熱として一旦蓄え、その熱を電気エネルギーに変換し、電力を供給しようという研究です。また、その際に発生する温水も利用しようというものです。
太陽光は無尽蔵かつ無償で手に入る非常に豊かなエネルギーです。太陽光を最大限に活用するためには、ムダなく太陽光を集めることが大切です。そのため、太陽光を追尾する装置などが実用化されていますが、その分、導入コストや維持費用がかかります。太陽光を効率良く集光でき、かつ、実用化された後にもメンテナンスに費用がかからない仕組みをつくれないだろうか、そう考えていたとき、大森素形材工学研究室のフレネルレンズという優れたプラスチックレンズに出会ったのです。

――大森素形材工学研究室のフレネルレンズは、どこが優れているのでしょう?

大森 整

大森 整氏

大森:フレネルレンズとは、同心円状に溝を刻んだ平面型のレンズです。カメラのフラッシュなどにも利用されているので、名前を聞いたことがあるかと思います。
私の研究室は、NASA(アメリカ航空宇宙局)から宇宙望遠鏡に使用する巨大なレンズの依頼を受け、このフレネルレンズを1999年から研究し続けてきました。そのゴールは2m級という巨大なもの。最初はわずか10㎝というサイズからのスタートでしたが、20㎝、30㎝…と徐々に大きなものをつくり、遂に数年前に1.5mのフレネルレンズが完成しました。こう言うと倍々で成功してきたかのようですが、実際はレンズが2倍の大きさになると表面の切削加工技術の難易度は4倍というように、開発の道は非常に困難なものでした。ところが、宇宙望遠鏡のプロジェクトでは、レンズを納めてしまえばそこで仕事は終わります。この経験や技術を何か別のものに生かし、一般社会に役立てられないか。そこで考えたのが、太陽光をフレネルレンズによって集光し、エネルギーへ変換するということでした。
私自身、セミナーを主催したり、エネルギー分野の研究者と話をしたりするうちに、熱利用の専門家である東チームリーダーと意気投合。理研の社会知創成事業のコンセプトとも合致し、フレネルレンズを利用して太陽光を電力化するプロジェクトがスタートしたのです。

東:太陽光をいかに効率よく、損失がないように集めるかは、レンズの透明度にかかっています。大森研究室のフレネルレンズは透明度が群を抜いており、しかも、表面の粗さが20ナノメートル以下(1nmは10億分の1m)という素晴らしい精度です。このプロジェクトには、宇宙望遠鏡で使用する超精密レンズの開発という、大森素形材工学研究室の豊富な実績とノウハウが不可欠でした。

――「フレネル・サン・ハウス」とは、どんなシステムですか?

東:仕組み自体はシンプルなものです。太陽光が出ている間は、朝日から夕陽までどの角度から入ってくる太陽光も回収できるように、パネル型のフレネルレンズを立方体に組み合わせて、内部の逆T字型の熱交換器に熱が集まるようにしました。熱交換器内部には水が循環しており、熱交換器の表面に照射された熱を回収して湯にして蓄熱タンクに集めて蓄熱し、電気が必要になったときには、熱(温水)を「ロータリー熱エンジン」という熱機関(ランキン・サイクル)に供給して発電させるという仕組みです。もちろんそのお湯は、給湯に使えます。
クルマのエンジンで知られるロータリーエンジンといえば、三角形のおむすびのような回転子(ローター)と呼ばれる部分が、くるくると回転している絵を思い出す方も多いでしょう。このエンジンは非常に小型につくれること、回転の動力を直接利用できることなど、さまざまな特長があります。このロータリーエンジンと、熱の温度差を利用した発電システムを組み合わせた「ロータリー熱エンジン」を開発したのは、世界初です。
フレネルレンズとロータリー熱エンジンの組み合わせが、「フレネル・サン・ハウス」なのです。

フレネル・サン・ハウスとロータリー熱エンジンの概念図

図:フレネス・サン・ハウスとロータリー熱エンジンの概念図

東氏とフレネス・サン・ハウスのモデル。左はロータリー熱エンジン

写真:東氏とフレネル・サン・ハウスのモデル。左はロータリー熱エンジン

――フレネル・サン・ハウスは通常の太陽光発電とどう違うのでしょう?

東:太陽光発電だけでなく風力発電などもそうですが、発電効率が天候に左右されてしまうことが最大の課題でした。晴天や強風のときはともかく、必要なときに必要な電力を供給できるかが不安定です。もちろん蓄電装置の開発も進んでいますが、まだまだ高価です。
フレネル・サン・ハウスは、こうした問題を解決する新しいエネルギー供給のシステムです。まず、パネルを動かすことなく、朝日から夕陽まで効率よく太陽光を集められます。そのエネルギーでタンクの水を温め蓄熱。必要なときにこの熱から発電や給湯を行うのでムダがありません。光のエネルギーをいったん「熱(湯)」に変換することで、保存ができて使いやすいものにしているのです。今後、システムの基準となるレンズは六角形にし、それらを組み合わせたドーム形状にしたいと考えています。この形状は強度も確保できるため、台風や荒天にも強いというメリットがあります。また、フレネルレンズの内側を加工するため、ドームの表面側はまっ平になり、レンズ表面を洗い流す程度で汚れを取り除くことができます。さらに、砂漠地帯などでは、太陽光パネルが砂塵の影響で設置できない場合もありますが、ドーム形状のフレネル・サン・ハウスは砂塵も落ちやすいため、砂漠地帯での設置にも効果を発揮します。

――普及を目指して、どういうプロセスになりますか?

東 謙治

大森:フレネルレンズは、現状はプラスチックをダイヤモンド刃物で削っています。普及にあたっては、コストを下げるために、型をつくって量産できるプレス成形などが必要です。現在、その技術開発を進めています。

東:まずは、2013年中に出力1kWクラスの試作機を、2014年には10kWクラスの実証システムの開発を目指します。さらに、地方自治体などと連携し、中小規模の分散型電源として遊休地を利用して活用するアイデアなども検討しています。
現在普及している太陽光パネルは、シリコンなどの半導体に太陽光を集め光のエネルギーを直接的に電力に変換する技術です。光を電力に変える光電変換効率は20%前後といわれています。一方、フレネル・サン・ハウスは熱を電気に変えて、更にお湯も供給するので、そのエネルギー利用効率は理想的な設計値で、60%に達します。それだけ太陽のエネルギーをムダにしないということです。
また、ロータリー熱エンジンは、普通は廃熱として捨てられる50℃~70℃の熱でも発電に使えます。将来的にはこのシステムを、工場などの廃熱利用と組み合わせて発展させて行ければ、とても有効な熱資源の活用になり、省エネルギーになるでしょう。


大森:植物工場などもおもしろいと思います。たとえば、冬場、太陽光でできた湯を循環させてビニールハウスを温めれば、化石燃料を使った暖房に頼らなくてすむ。今、植物を小型のフレネル・サン・ハウスの下に置いて生育中です(笑)。どんなふうに育つか、楽しみですね。

――フレネル・サン・ハウスの普及により、どんな社会が実現するのでしょう?

東:フレネル・サン・ハウスのように、熱のインターフェース(装置)は、蒸気を利用するよりも、お湯のような液体の状態の方がコントロールしやすいということがあります。住宅メーカーには既に提案しているプランですが、数戸の住宅で駐車スペースを共有し、そのスペースの上部にフレネル・サン・ハウスを設置して、地下には畜熱タンクを置きます。これで、各戸の電力や給湯を賄うといったアイデアです。さらにそれを発展させて、工業地帯と住宅地の間に熱インフラを整備すれば、工業地帯の廃熱を住宅地の電力や給湯に利用することも可能になります。これは地域の共同の取り組みとなり、地産地消のエネルギーとして普及する可能性を秘めています。
省電力化や自然エネルギーの利用は、これまで、企業や行政が単独で、あるいは各家庭が太陽光パネルを設置するなどが主流でした。しかし、フレネル・サン・ハウスのような熱資源の利用では、企業や行政の連携に止まらず、地域住民も相互に協力することで、より徹底した活用が可能になります。人も企業、行政も協力し合う。そういう時代が、すぐそこまで来ています。

こちらの研究内容は「理研チャンネル(YouTube)」で、更に詳しくご覧いただけます。