環境資源科学研究センター発足

生物学と化学の融合で、持続的社会の実現に挑む。

人口増加による食糧危機、環境負荷、資源枯渇など、人類が抱える問題は
待ったなしで進行している。資源やエネルギーのムダを省き、
循環型社会へと近づけるために、理研が果たす役割とは何か?
その答えのひとつが、2013年4月に誕生した、
環境資源科学研究センター(Center for Sustainable Resource Science(CSRS))だ。
中心となるのは、理研の植物科学、ケミカルバイオロジー、そして化学の3分野。
資源・エネルギー循環型社会の実現を目指して、生物学と化学という異分野の交流が
どう動き出すのか、CSRSのキーパーソン2人が語った。

篠崎一雄・侯 召民
篠崎 一雄(Kazuo Shinozaki) 環境資源科学研究センター センター長
侯 召民(Zhaomin Hou)環境資源科学研究センター 副センター長/先進機能触媒研究グループ グループディレクター

――環境資源科学研究センターの設立の背景は?

篠崎:基礎科学の成果は今、社会にどう役立つかが求められています。環境・資源・食糧といった人類の課題に、理研が総合力で取組む。その明確な意識をもって、植物科学、ケミカルバイオロジー、そして化学の3分野が結集して発足したのが環境資源科学研究センター(CSRS)です。分野の壁を超えた横断的な交流を通して革新的な技術を生み出し、地球規模の課題解決を目指しています。
私たちの目標は生物学と化学の知見を融合することで、「新しい資源を創りだすこと(=創資源)」「資源を節約すること(=省資源)」「従来の資源を新しく活かすこと(=活資源)」にあります。そして、この目標を達成するために3つのキーワードを掲げました。それが「炭素」「窒素」「金属元素」です。
まず「炭素」ですが、地球温暖化を引き起こす二酸化炭素(CO2)を資源化するという狙いがあります。植物は光合成によってCO2を吸収し、私たちはその代謝物質を食料や工業原料、医薬品などに利用しています。当センターでは、光合成に関わる遺伝子や物質を見つけ、光合成の機能を強化することで、CO2をより多く吸収し、資源として使える代謝物の増産を目指す研究を行っています。また、新しい触媒(化学反応を促進する物質)を開発し、CO2から有用な物質を化学合成するのも目標のひとつです。

CSRSのロゴマークは、資源やエネルギーの持続型社会を目指し、無限「∞」をモチーフにデザインされています。青と緑の曲線で化学と生物学を表し、異分野の研究者が手を取り合い、革新と創造を創出する緑の玉「地球」を守るメッセージが込められています。

――「窒素」は、大気の約80%を占めています。窒素に注目した理由は?

篠崎:窒素はアンモニアの合成に不可欠です。アンモニアは作物の栽培に欠かせない化学肥料の原料であり、今日、約70億の人口を維持しているのも、アンモニア由来の肥料があるおかげです。しかし、窒素からアンモニアを合成するには、大量の化石燃料を消費しなければなりません。当センターは、それを革新すべく、省資源・省エネ型アンモニア合成触媒の開発を行っています。既に侯召民さんをリーダーとする「先進機能触媒研究グループ」が有望な方法を開発し、学術論文が2013年6月の『Science』に掲載されました。

――省資源・省エネ型アンモニア合成とはどんなものですか?

侯 召民

侯 召民氏

侯:アンモニア合成のプロセスは、既に100年以上前に工業的に確立しています。ハーバー・ボッシュ法というものです。しかし、これまでの触媒では、400℃~500℃の熱や、300~400気圧といった高温・高圧下でしか反応を起こせず、大量の化石燃料によるエネルギーを使わないと、窒素と水素からアンモニアを合成することができませんでした。私たちの研究グループは、それを低い温度で可能にする触媒を開発し、より温和な条件下でのアンモニア合成を目指しています。

篠崎:従来のハーバー・ボッシュ法によるエネルギー消費量は、世界のエネルギー消費量の約1%にあたるといわれるほど膨大なものです。侯さんの研究によってエネルギー消費を抑えることができれば、それは世界的にも非常に画期的なことです。これは、CSRSの大きな研究の柱となります。

――3つめの「金属元素」は、どう重要なのでしょう?

篠崎:さまざまな有用物質を化学合成するには金属を含んだ触媒が欠かせません。しかし、それら金属の多くは希少で高価です。当センターでは、希少金属使用量の低減・回収・再利用可能な触媒を開発するとともに、汎用金属元素を利用した低コスト触媒の開発を重点的に行います。また、日本が資源に乏しい国というのはよく知られていますが、一方で電子機器などに使われる多くのレアメタル(希少金属)は再利用されることなく埋もれています。レアメタルを環境に負荷をかけることなく、効率よく回収する技術を開発しようというのです。これに役立つのが、コケや藻類、微生物といった生物です。実際に、当センターの生産機能研究グループでは、鉛や金を高濃度で蓄積するヒョウタンゴケというコケに注目し、その応用を目指しています。

――生物の多様さは、化学とどう結びつきますか?

篠崎:植物や微生物など、生物の機能は非常に多様です。CSRSの目的のひとつが、生物の多様性と化学の多様性を融合させて、新しい技術や資源を開発しようというものです。
侯さんともよく話しますが、化学も生物学も「物質」を扱っていながら生物のもつ遺伝子やアミノ酸の情報量は、化学物質より遥かに多様で膨大だということです。化学が物質科学的なものだとすれば、生物学は情報科学的な面が強いですね。さらに、生物は非常に効率よくできています。例えば、「脳」ひとつをとっても、ブドウ糖だけをエネルギーに用いて膨大な情報を処理することができます。生物は進化の過程において、実に複雑で多様なプロセスを経て、高効率な存在となっているのです。

侯:先ほどのアンモニア合成についても、マメ科の植物に共生している根粒バクテリアという微生物が、何億年も前から自然のなかで、窒素からアンモニアをつくっています。
これを人工的に行おうとすると、膨大なエネルギーを使うことになるわけです。やはり生物はすごいですね。

――生物学と化学といった異分野の交流が鍵となるわけですね。

篠崎 一雄

篠崎 一雄氏

篠崎:そもそも、化学は生物を使わずに物質をつくる学問ですから、アプローチが反対です。植物研究を専門とする私もこのセンターの発足にあたっては、高校の化学の教科書を読みなおしました(笑)。非常に体系だっていることを確認しつつ、学問としての違いは感じました。まずは、各分野がそれぞれの研究を進め、そのなかで互いに理解し合い、横断的な取り組みをしてゆくことが重要でしょう。
ひとつの分野だけでは、地球が抱える大きな課題にチャレンジすることができない。それは世界的な潮流です。ヨーロッパでもアメリカでも、化学と生物学の融合、あるいは計算科学などの異分野と共に協力して、課題解決型の科学を進めようという動きが盛んになっています。

侯:環境や資源に関する問題は、総合的にさまざまな分野が協力しないと解決しません。そういう意味では、私たちも含めて、専門分野に閉じこもらず、積極的に交流を図り、視野を広げて直面している課題に取組まなくてはなりませんね。考え方や手法が違う分野の研究者が、同じ目標に向かって取組む。それが、予想もしなかった成果を生み出すことを期待しています。

篠崎:「炭素」「窒素」「金属元素」の主要課題に挑むには、もうひとつ研究基盤(研究材料)が欠かせません。CSRSでは、「循環資源探索・活用研究基盤プロジェクト」を設け、最先端の分析機器や微生物由来の多様な天然化合物を整備しています。そして、これらは国内外の研究機関や、企業の研究者にも使えるようにしています。環境資源に関する研究を、幅広く、分野全体で推進してもらうためです。 また、理研では2010年に社会知創成事業を立ち上げ、産業界との連携も進めています。CSRSも社会知創成事業と連携し、産業界との共同研究なども視野に入れ、社会的なイノベーションに貢献していきたいと思います。

――最後に、これから科学者を目指す若い方に、メッセージをお願いします。

篠崎:今、基礎科学にチャレンジする若い方が減っていますが、革新的な技術は基礎科学の知見に基づいています。ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥先生のiPS細胞は再生医療への応用が期待されています。これは、基礎科学が社会に対してインパクトを与えられるという非常に良いメッセージになったと思います。
同時に、基礎科学が人類存続に向けてどう貢献できるか?それを考え、応えることも重要です。2002年にコフィー・アナン国連事務総長(当時)は、人類の最優先課題として「WEHAB+P」と指摘しました。WはWater(水)、EはEnergy(エネルギー)、HはHealth(健康)、AがAgriculture(農業)、BがBiodiversity(生物の多様性)、そしてPがPoverty(貧困)です。人類が持つ課題にどう応えるか、課題解決型の研究が、理研の重要なミッションの1つであり、CSRSの果たすべき役割なのです。