ミナトカモジグサに関わる技術開発

単子葉植物のスーパー実験植物へ。環境・エネルギー問題に貢献するミナトカモジグサ

生命科学の研究をするうえで最も重要な研究材料、
それが生物遺伝資源(バイオリソース)だ。実験動物マウスや実験植物シロイヌナズナ、ヒト・動物細胞、遺伝子材料、微生物材料、そして話題のiPS細胞などのバイオリソースは、基礎科学研究に貢献するだけでなく、再生医療やがん研究、環境保全、さらには新たな植物の開発による食料増産まで、地球上のさまざまな課題を解決する科学研究の“基盤”となる。
そして今、その可能性を大いに期待される新たな植物のバイオリソースがイネ科の単子葉植物ミナトカモジグサだ。バイオエネルギーの未来を大きく変える可能性もあるというミナトカモジグサの基盤整備の今を、世界有数の研究材料提供機関である、理研バイオリソースセンター実験植物開発室・小林正智、氷室泰代が語る。

小林 正智・氷室 泰代
小林 正智(Masatomo Kobayashi) バイオリソースセンター実験植物開発室室長
氷室 泰代(Yasuyo Himuro)バイオマス工学研究プログラム・バイオマス研究基盤チーム特別研究員

――ミナトカモジグサとは、どんな植物ですか?

小林:ミナトカモジグサ(学名:ブラキポディウム) は、中東が原産地とされるイネ科の単子葉植物です。草丈は20㎝~30㎝で、実験室の蛍光灯の光で育ち、種をまいてから約3カ月で次の世代の種子をつけます。これは、同じ実験植物の代表格、シロイヌナズナとよく似ており、実験室内での栽培が可能なため、新たなモデル実験植物として注目されています。また、シロイヌナズナは2000年にゲノム(全ての遺伝子情報)の塩基配列の解読が終了しましたが、ミナトカモジグサも2010年には、標準的な系統である「Bd21」のゲノムが解読されました。その点でも、シロイヌナズナと同様に重要になるのではないかと期待されています。

――シロイヌナズナと、どんな違いがあるのですか?

小林 正智

小林 正智氏

小林:植物科学の研究でスーパー実験植物と言われているのが、アブラナ科のシロイヌナズナです。ゲノムが完全に解読されていること、実験室で栽培できて次世代の種子をつけるサイクルが2か月程度ということから、圧倒的に用いられている実験植物です。世界中で100万を超える膨大な数のリソースが作製され、活用されています。そして、ストレス(乾燥や塩、高温や低温、病害虫)に応答する遺伝子が多数発見されるなど、さまざまな知見が得られています。ところが、シロイヌナズナは双子葉植物であり、イネやコムギといった主要穀物は単子葉植物であるため、シロイヌナズナで得た情報が簡単には単子葉植物につながりません。植物の系統が進化的に離れているためです。そこで、単子葉のミナトカモジグサに注目したということです。

――穀物に注目する理由は何でしょうか?

小林:トウモロコシやサトウキビなどの単子葉植物は、現在、バイオエタノールやバイオプラスチックの原料として使われ始めています。しかし、燃料として使えば食料価格が高騰することになる。そこで、食用ではない植物、たとえば大型の牧草であればどうでしょう。食料と競合しない植物を使ったバイオマスならば、食料との競合を解決できます。その際、農業に適さない半乾燥地帯(ブラジルや東アジアの一部地域)などを栽培地として想定すれば、耕地の奪い合いも避けることが可能です。そこで、乾燥に対するストレス耐性を持つ植物が必要になってきます。大型で生産性が高く、乾燥ストレス耐性も高い。そんな性質をもった遺伝子を見つけ、新たなバイオマス植物の開発に導入できれば、現在の地球が抱える環境問題の解決に大きく貢献できます。単子葉のモデル実験植物、ミナトカモジグサが重要な理由がそこにあります。

――ミナトカモジグサの基盤整備はどこまで進んでいますか?

氷室 泰代

氷室 泰代氏

氷室:ミナトカモジグサの栽培を開始したのは2010年ですが、当初はシロイヌナズナと同じ条件で栽培したため、種子がつかない、収穫した種子が発芽しないなど問題が山積でした。光に当てる周期や、光量、温度や湿度なども繰り返し調整し、栽培条件が安定するまでに約2年かかりました。現在は、種子の収量や発芽率は安定しています。
良い種子が獲れないと、その先の細胞を使った遺伝子機能の解析も進みません。特に、作物の品種改良には有用な遺伝子の働きを調べるための「遺伝子導入技術」が重要な鍵となります。遺伝子導入とは、細胞内に特定の遺伝子を人為的に入れることで、新しい遺伝的な特徴をもつ細胞をつくったり、その細胞から新しい個体をつくることです。植物細胞の遺伝子導入の方法としてはアグロバクテリウムという微生物を使った方法があります。しかし、ミナトカモジグサはこの微生物が感染しにくいため、別の方法が必要でした。一旦、穂がでたばかりの未成熟の種子の胚を培養して「カルス」という細胞のかたまりをつくり、そのカルスにアグロバクテリウムを感染させるという方法です。これは、とても手間がかかるのです。

小林:実験植物開発室でもミナトカモジグサに遺伝子を導入できるのは、氷室研究員だけです。氷室はかつて宮崎大学で大型の牧草の研究をしており、そのときの組織培養の豊富な経験が、ミナトカモジグサの遺伝子導入を可能にしました。また、どの遺伝子の機能が大型の牧草の品種改良に有効か判断するためには、実際に牧草を扱った経験が必要です。モデル植物オンリーの研究者だけでなく、氷室のような応用に通じた者が研究基盤に関わることで、基礎研究から応用研究への成果移転のスピードが加速するのです。

氷室:私は反対に、大型の牧草を使っていたときと比べて、モデル実験植物の扱いやすさ――世代交代のサイクルの速さや、実験室で栽培できるということで研究の進展が圧倒的に速いことを実感しています。
実は、理研に来る以前は、自分が応用に近い研究をやっているという認識はさほど持っていませんでした。ところが、実験植物を知ることで、今度は基盤整備を進めて、新しい品種づくりへと結びつけて行きたいと思うようになりました。今は、少しでも早く、ミナトカモジグサの遺伝子機能の解析を進め、リソースや情報を整え、世界中の研究者に発信してゆきたいですね。そして、大型牧草を利用したエネルギー作物の生産につなげたいと思っています。

――ミナトカモジグサはスーパー実験植物になるでしょうか?

小林:約20年前、シロイヌナズナの最初のワークショップが行われたときの人数が50名ほど。これは、2013年秋、日本で行われた第1回目のミナトカモジグサのワークショップとほぼ同じ規模です。シロイヌナズナは日本で開催した2010年の学会では世界各地から1300人の参加者を集めました。そして、既に世界で100万を超えるリソースが開発され活用されています。単子葉のモデル実験植物、ミナトカモジグサは、さて、あと10年でどう化けるか。
穀物のほとんどが単子葉ですから、可能性は大きいと思います。現在、乾燥化や塩害に苦しむ地域は世界中にあります。そうした地域で作物が育つようになれば、産業が生まれ雇用を創出することも可能になります。貧困がもたらす環境破壊にストップをかけることもできるでしょう。その良い循環に貢献するのも、私たちの使命だと思っています。
ミナトカモジグサの基盤整備はまだスタートしたばかりですが、人類が抱える地球規模の課題解決のために情報とリソースを整え、生まれたばかりの研究コミュニティとともに、大いに盛り上げてゆきたいですね。

モデル植物をキャラクター化したブラキくん(左・ブラキポディウム)と ナズナちゃん(右・シロイヌナズナ)。展示会などで関心を持ってもらおうと氷室研究員が考案。

2人の研究内容は「理研チャンネル(YouTube)」で、更に詳しくご覧いただけます。