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理化学研究所 開拓研究本部
今本細胞核機能研究室
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私たちの研究
核膜・核膜孔複合体の構造構築
素朴な疑問が思いがけない展開へ発展する.........
核膜には、他の生体膜にはない構造上の特徴があります(図1)。その1つは、核外膜、核内膜と呼ばれる、機能分化した性質の全く異なる2層の脂質二重膜から形成されている点です。核外膜は脂質成分が多く小胞体と繋がっています。一方、核内膜は脂質というよりむしろタンパク質に富む構造で、動物細胞では核ラミナ(A-type, B-type laminから構成される)と呼ばれるメッシュ状の構造に裏打ちされてクロマチンと物理的に繋がっています。2000年頃から、核内膜因子群の変異が早老症などの多くの遺伝子疾患の原因になることが明らかにされ、転写や複製などの遺伝子機能の制御に核膜が重要な役割を果たすと考えられるようになってきました。核膜のもう1つの特徴は、外膜と内膜を貫通する核膜孔複合体と呼ばれる総重量100MDaにも及ぶ超分子構造体が存在することが上げられます。核—細胞質間輸送はこの構造体を通しておこなわれます。
核膜孔複合体を蛍光標識して高倍率で観たところ、核膜孔複合体が核表面に不均一に分布している細胞と、均一に分布している細胞があることに気付きました(図2)。これが、今本研で核膜と核膜孔複合体をテーマにした研究がスタートしたきっかけでした。調べてみると、核膜孔複合体が不均一に分布する細胞が細胞周期のG1期、均一に分布するものがG2期にあることがわかりました。核膜孔複合体の無い領域を"pore-free island"と名付けて、さまざまな核内膜タンパク質の分布を調べました。すると、"pore-free island"にはA-type laminとその結合タンパク質が、核膜孔の多い"pore-rich"領域にはB-type laminとその結合タンパク質が濃縮されていることがわかりました。核膜孔複合体と核ラミナ構成成分の間には緊密な繋がりがあり、それが、核膜にサブドメイン構造をつくります。この核膜サブドメインは、興味深いことに核膜が形成される細胞分裂終期で出現し、細胞周期がG1期からS期に進行する過程で消失していきます(Maeshima et al., J. Cell Sci., 2006)。
細胞周期の進行に伴って規則的に出現して消失する核膜サブドメインの働きは何か?その答えに近づくため、構造が制御されるメカニズムを明らかにしてきました。核膜サブドメインは、それが消失するのに伴い核膜孔複合体の密度が増加します。これは、次の細胞分裂に向けた準備の1つとして、間期核膜上に核膜孔複合体が形成されるためです。間期の核膜孔複合体形成と細胞周期シグナルの関係を調べると、核膜孔複合体が細胞周期エンジンとして知られているサイクリン依存性キナーゼ(CDKs)の司令で開始することを見つけました(Maeshima et al., Nature Mol. Struct. Biol., 2010)。
高等真核生物では、核膜孔複合体は異なる細胞周期の間に2回形成されます。1つは核膜が再形成される細胞分裂終期、もう1つは間期です。どちらも同じ構成因子から同じ構造体が形成されるのですが(図3)、形成される"足場"に違いがあります。細胞分裂終期では、分配されたクロマチン上に核膜孔複合体の前駆体構造("pre-pore")が埋め込まれることが形成の引き金になるのに対し、間期では2層の核内膜と核外膜に前駆体構造が埋め込まれなければなりません。この初期反応の違いに、未だ同定されていないCDKの基質が深く関与するのではないかと考えています。
CDKは、核膜孔複合体形成だけでなく核ラミナ(とりわけ、B-type lamin)の分布をも制御します。細胞周期シグナルで厳密に制御される核膜サブドメインは、核膜孔複合体という超分子構造体を形成するために必要な環境を核表面上に提供する働きを持っているのではないかと考えています。核膜・核膜孔複合体形成には、細胞周期シグナルのほか、核内膜とその裏打ちタンパク質、クロマチン、脂質ダイナミクス、微小管の活性が重要な役割を果たします。これら細胞の中の様々な反応を理解しながら、真核生物を定義づける「核膜」がつくられる仕組みを明らかにしていきたいと思います。
(文責:今本)
