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ガラス管による集束ミュオンビーム

 
 テーパー型(先細り型)ガラスキャピラリーによるMeV 領域ビームの集束現象が、通常のイオンだけでなく、ミュオン(μ粒子)にも応用できることを実験的に確かめました。運動量 54 MeV/c (運動エネルギー 13 MeV)のミュオンビームをテーパー型ガラスチューブに通したとき、出口位置でのビーム密度がおよそ2倍に増加しました。この方法を応用することにより、各地のミュオン施設で簡便にビーム密度を増強することができるのではないかと期待されます。
 

本稿オリジナル論文: T. M. Kojima et al., J. Phys. Soc. Jpn. 76 093501 (2007). [html

最新の論文: D. Tomono et al., J. Phys. Soc. Jpn. 80 044501 (2011). [html

 

 
小島隆夫1、友野大2、池田時浩1#、石田勝彦2、岩井良夫1
岩崎雅彦2、松田恭幸2、松崎禎市郎2、山崎泰規1,3
   1理研 原子物理研究室
   2理研 仁科加速器研究センター
   3東大院総合
   #理研 仁科加速器研究センター 応用研究開発室 生物照射チーム
 

 

実験装置

 

    実験は英国ラザフォード・アップルトン研究所にある理研のミュオン・ビームライン1)で行いました。 図1に実験の模式図を示します。ミュオンは 50 Hz のパルスで供給され、各パルスは 320 ナノ秒離れたふたつのバンチから成ります。ミュオンは薄いマイラ製の膜を通過して大気中に出て、内径 40 mm、長さ 85 mm の アルミニウム製のコリメーターによってビーム整形されます。
 
   

 


図1: 実験セットアップの模式図(スケールしていません).

 

 
 典型的なビームは、コリメーターの 403 mm 下流で半値全幅約 40 mmのきれいなガウス分布、強度は 1パルスあたりのミュオン数でおよそ 104 個です。ビーム中の陽電子や電子の混入はごく微量で無視できます。 実験に使用したガラスチューブはずべてパイレックス製で、入口の内径 Din=46 mm、 長さ L= 100〜400 mm、 出口内径 Dout= 3〜20 mm、ガラスの厚さは 2 mm。出口から 3 mm のところに厚さ 0.5 mm の プラスチック・シンチレーターを置いてビーム強度を測定しました。また、シンチレーターの径 Dsci を 5, 10, 20 mm と 変えて同じ測定を繰り返しました。
 
参考文献

1)

T. Matsuzaki, K. Ishida, K. Nagamine, I. Watanabe, G. H. Eaton, and W. G. Williams, Nucl. Instr. and Meth. A 465, 365 (2001).[html]
 

 

μ粒子強度

 

        シンチレーターの出力はデジタル・オシロスコープで電圧として記録しました。 ガラスチューブ「あり」のときと「なし」のときの出力電圧を それぞれ VwithVwithout とします。 出力電圧はシンチレーターに入射したミュオンの数だけではなく、ミュオンのエネルギー分布や角度分布にも 依存するので、VwithVwithout をそのまま比較しても ミュオン数(強度)の正確な比にはなりません。 そこでクーロン多重散乱モデルに基づくモンテ・カルロ・シミュレーション*)を行い、 ガラスチューブ「あり」のときと「なし」のときのシンチレーターへのエネルギー付与の 平均値 ewithewithout を 見積もりました。シンチレーターに入射した、ガラスチューブ「あり」のときと「なし」のときの ミュオンの数 NwithNwithout は、それぞれ(同じシンチレーターなら同じ 比例係数で)Vwith/ewithVwithout/ewithout に比例します。 したがって、ガラスチューブによる集束効率 ξ は以下の式で求めることができます。
     

    ξ

 = Nwith/Nwithout   for Dout >= Dsci   (1)

 = Nwith/Nwithout,d<=Dout   for Dout < Dsci   (2)
 
       式中の下付添字「d <= Dout」は、ビームの空間分布を用いて Dout の範囲内でのみ積分された物理量で あることを意味します(つまり Dout より外側に入射したミュオンの信号は捨てている、ということです)。
                   *) シミュレーションにおいては
(1) 半経験式を用いて陽子のデータからスケールしたエネルギー損失、 
(2) ヴァヴィロフ Vavilov の分布で与えられるエネルギーの散らばり(straggling)、 
(3) 多重散乱に対するモリエール Moliere の表式で与えられる角度分布 を使用しました。また、初期ビームとして、測定された空間分布と 4 % の運動量分散をもつ平行ビームを仮定しました。
 

 

集束効果

 

         初期運動量 54 MeV/c のミュオンビームに関しては、使用したすべてのガラスチューブに関してビーム集束が観測されました。図2は長さ L = 400 mm のガラスチューブの集束効率 ξ を出口径 Dout の関数としてプロット したものです(測定には外径 Dsci = 20 mm のシンチレーターを使用)。 また、シミュレーション計算によって得られた集束効率も実線で表示しています。 


図2: 運動量 54 MeV/c のミュオン・ビームに対する長さ L = 400 mm のガラスチューブの集束効率 ξ 。 測定には外径 Dsci = 20 mm のシンチレーターを使用。実線はシミュレーション計算によって求めた値。

 

 

 シミュレーションは実験結果の傾向をよく再現しています。 この集束効果は、チューブ内壁に入射したミュオンのうちのある割合が、浅い角度に散乱されて出口まで運ばれることによって生じている、と考えられます。
 なお、測定された正のミュオン μ+ の集束効率と負のミュオン μ- の 集束効率にほとんど違いがないという点は 特筆すべきでしょう。これは、この方式によるビーム収束が(いちいち極性の切り替えなどをしなくても) 正・負両方のミュオンに同じように使えるということを意味します。 
 この実験は大気中で行いましたが、真空中の場合のシミュレーション計算も L = 400 mm,Dout=10 mm の ガラスチューブ、初期運動量 27〜81 MeV/c のミュオン・ビームについて行いました。 その結果、この運動量範囲では(μSR などでよく使う 27 MeV/c でも)集束効率は ほぼ一定で ξ ≒ 2 でした。
 また、チューブの素材を変えたシミュレーションでは、銅、鉛、金などの重い素材で集束効率が上がる結果を得ており、 さらなる高効率化の可能性を示しているといえます。近々のうちにこうした実験も行う予定です。
 

 

謝 辞

 

          この実験に使用したガラスチューブはすべて理研・先端技術開発支援センター支援展開チームの菅原正吾氏の手作りによるものです。 氏の卓越したガラス工作の技術なくしてはこの実験は成しえませんでした。この場を借りて深く謝意を表します。 なお、本研究の一部は、理化学研究所・基礎科学研究 “エキゾティック量子ビーム”の研究費を用いて遂行されました。  
 

 (文責: 小島)


 Modified, 6/Feb/2013 by
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