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ガラスキャピラリーを用いたナノビーム生成

 
 一般に、ガラスは電気を通しません。 ちょっとしたことで静電気がたまり、取り除くのもひと苦労です。 したがって、イオンビームを使うときはビームが当たるところにはあまりガラスは使いません。 ですから、ガラスを使ってイオンビームの向きや細さを制御する、 なんてことは今まであまり行われてきませんでした。

 私たちの研究室では、イオンビームを(A)ナノメートルレベルまで細くしぼり、(B)その進行方向を変え、しかも(C)ビームを濃くする技術としてガラスキャピラリーを製作し、使用しています。そのメリットとして、 (1)細く絞られたビームの出射口が見えているので標的をねらいやすく、 (2)製作費用が安く、 (3)使用時に電場も磁場も不要で、 (4)イオンビームの速度が少しくらいそろっていなくても使え、さらに、 (5)多くの種類の荷電粒子ビームに使用できる可能性も秘めています。

 ここで、イオンビームといってもたくさんの種類があります。水素イオン、ヘリウムイオン、アルゴンイオン、キセノンイオンなどの陽イオンや陰イオン、また、イオンだけでなく、陽電子やその他の素粒子も対象に考えています。

 このホームページでは、現在までに行われた実験について紹介します。

 

 

理研 原子物理研究室:

   (池田時浩#)、金井保之、小島隆夫、  
   小林知洋、山崎泰規、(Walter Meissl、岩井良夫)

上智大学

   星野正光

産業技術総合研究所

   大島永康

高知工科大学

   成沢忠、(根引拓也)

CIMAP:

   Amine Cassimi, Laurent Maunoury,  Henning Lebius, 

   Bruno Manil, and Bernd Huber

CEA-Saclay:

   (Tomoko Muranaka)  

※( )は異動
#現在:理研 仁科加速器研究センター 応用研究開発室 生物照射チーム
 

 

はじめに

 

         運動エネルギーが数keVから数十keVの多価イオンは物質表面と衝突してもほとんど内部に進入することができませんが、イオンが持っている内部エネルギー(ポテンシャルエネルギー)で物質表面にのみ影響を与えることができます。この運動エネルギー領域の多価イオンのことを低速多価イオンと呼んでいます。  
   
 また、ポテンシャルエネルギーはイオン種やその価数を選ぶことで、制御できます。例えば、Ar8+であれば、約 600 eV で、U92+ともなると約 800 keV、これは電子の質量の1.6倍にも達します。
 
 ですから、物質表面を改質したり、表面の原子・分子をスパッタリングさせることで微量分析をしたりするなど応用的研究も進んでいます。実際、Si(001)-F表面のF-Si結合の方向を、低速多価イオン照射によって飛び出したF+イオンの3次元運動量分布から再構成した例がありますし1)、また、graphite 2-4) やAl2O3 2)、金5)、CaF2 6-7)、SiO2 8)などの表面 の衝突箇所には多価イオン1個に付き1個のナノドットが生成され、そのドットサイズは多価イオンの価数によることが報告されています。
 
 こうなってくれば、多価イオンのマイクロビームやナノビームの要求が高まってきます。
 
 ビーム径を小さくするにはコリメーターやレンズが利用されてきました。コリメーターを使った場合、強度が著しく下がるだけでなくコリメーター内壁表面でのイオンの荷電変換やエネルギー損失が問題になります。また、併用して静電レンズを使う場合はエミッタンスが良いことが要求されます。
 
 私たちの研究室ではコリメーターや静電レンズを使用せずビームをナノサイズ化して粒子密度をも向上させる方法として、ガラスキャピラリーを用いて、その内壁である絶縁体表面の自己組織化帯電現象を利用したビーム集束法の開発を進めています5-10)。その集束原理を下図(断面図)に示します。図の青い部分がキャピラリーを表し、左側のビーム入口から右側の出口に近づくにしたがって細くなっていく(テーパ型になっている)のが特徴です。
  

 キャピラリー内壁が帯電していない状態で照射を開始したとします。照射開始直後にキャピラリー入口から入射したイオンはキャピラリー内壁(*部分)に衝突することで停止してしまいますが、そのイオンの電荷により内壁表面は次第に帯電していきます(図(a))。
  

 帯電が十分になると、次に同じ場所に来たイオンは、帯電によるポテンシャルによって内壁に近づくことができず、前方に散乱されます。キャピラリー出口の内径が入口より小さければビームは収束し、結果的に出射ビーム径はキャピラリー出口に等しいと考えられます(図(b))。
  
 また、内壁での反射には必ずしも内壁とビームの間の角度を厳密には要求していないことから、ビーム軸とキャピラリー軸が完全には一致していなくてもビーム通過が起こります (ガイド効果) 。ここで、ポテンシャルを利用してビームを輸送するには、多くの場合、人為的にポテンシャルを生成したり操作したりする必要があります。その意味で、ここで扱う自己組織化された帯電では、内壁表面上のビーム自身による帯電部分が時間を追うごとに、あたかも自らビームを特定の方向にガイドしていくような帯電分布になっていくという特長があげられます。次節では、これまでの背景や経過について概観します。
  
参考文献

1)

N. Okabayashi, K. Komaki, and Y. Yamazaki, "Secondary ion emission from a water and fluorine adsorbed Si(1 0 0) surface irradiated with electrons and highly charged ions", Nucl. Instr. and Meth. B 205, 725 (2003). [html]

2)

I. C. Gebeshuber, S. Cernusca , F. Aumayr, and H. Winter, "Nanoscopic surface modification by slow ion bombardment", Int. J. Mass Spectrometry 229, 27 (2003). [html]

3)

N. Nakamura, M. Terada, Y. Nakai, Y. Kanai, S. Ohtani, K. Komaki, and Y. Yamazaki, "SPM observation of nano-dots induced by slow highly charged ions", Nucl. Instr. and Meth. B 232, 261 (2005). [html]

4)

M. Terada, N. Nakamura, Y. Nakai, Y. Kanai, S. Ohtani, K. Komaki, and Y. Yamazaki, "Observation of an HCI-induced nano-dot on an HOPG surface with STM and AFM", Nucl. Instr. and Meth. B 235, 452 (2005). [html]
5) J. M. Pomeroy, A. C. Perrella, H. Grube, and J. D. Gillaspy, "Gold nanostructures created by highly charged ions", Phys. Rev. B 75, 241409 (2007). [html]
6) A.S. El-Said, W. Meissl, M.C. Simon, J.R. Crespo López-Urrutia, C. Lemell, J. Burgdörfer, I.C. Gebeshuber, HP. Winter, J. Ullrich, C. Trautmann, M. Toulemonde, and F. Aumayr, "Potential energy threshold for nano-hillock formation by impact of slow highly charged ions on a CaF2(1 1 1) surface", Nucl. Instr. and Meth. B 258, 167 (2007). [html]
7) C. Lemell, A.S. El-Said, W. Meissl, I.C. Gebeshuber, C. Trautmann, M. Toulemonde, J. Burgdörfer, and F. Aumayr, "On the nano-hillock formation induced by slow highly charged ions on insulator surfaces", Solid-State Electronics 51, 1398 (2007). [html]
8) Masahide Tona, Hirofumi Watanabe, Satoshi Takahashi, Nobuyuki Nakamura, Nobuo Yoshiyasu, Makoto Sakurai, Toshifumi Terui, Shinro Mashiko, Chikashi Yamada, and Shunsuke Ohtani, "Nano-crater formation on a Si(1 1 1)-(7 x 7) surface by slow highly charged ion-impact", Surface Science 601, 723 (2007). [html]

* * *

9)

T. Ikeda, Y. Kanai, T. M. Kojima, Y. Iwai, T. Kambara, M. Hoshino, T. Nebiki, T. Narusawa, and Y. Yamazaki, "Production of a microbeam of slow highly charged ions with a tapered glass capillary", Appl. Phys. Lett. 89, 163502 (2006).[html]

10)

T Ikeda, T M Kojima, Y Iwai, Y Kanai, T Kambara, T Nebiki, T Narusawa, and Y Yamazaki, "Production of a nm sized slow HCI beam with a guiding effect", Journal of Physics: Conference Series 58 68 (2007).[html]

11)

T Ikeda, Y Kanai, T M Kojima, Y Iwai, Y Kanazawa, M Hoshino, T Kobayashi, G P Pokhil, and Y Yamazaki, "Focusing of charged particle beams with various glass-made optics", Journal of Physics: Conference Series 88 012031 (2007).[html]
12) 池田時浩, 金井保之, 小島隆夫, 岩井良夫, 山崎泰規, ”絶縁体キャピラリーを用いた多価イオンビームガイド効果とナノビームの生成”, 日本放射線化学会誌「放射線化学」 83, 21 (2007).[html]
13) 池田時浩, 大島永康, ”高品質多価イオンビームの発生”, プラズマ核融合会誌 83, 8, 690 (2007).[html]

14)

池田時浩, 岩井良夫, 金井保之, 小島隆夫, 根引拓也, 成沢忠, 山崎泰規, ”keV 領域多価イオンナノビーム生成とその応用”, 日本真空協会誌「真空」 50, 9, 569 (2007).[html]
 
 

 

低速多価イオンと、金属キャピラリー・絶縁体キャピラリー

 

         もともと、絶縁体の膜に無数の微細な貫通孔(ナノキャピラリー)を作製しビームを通すことで、絶縁体キャピラリー内壁表面と多価イオンとの相互作用や通過特性の研究がなされてきました15,16)。この膜を絶縁体マルチキャピラリーフォイルと呼びます。  
 
 さらに材質を金属に変えた金属製マルチキャピラリーフォイルが登場し、中空原子(イオン)の真空への取り出し法、および中空原子(イオン)の物理探究に貢献してきました16-26)。その後、絶縁体であるPET(ポリエチレンテレフタレート)製のマルチキャピラリーフォイルによる自己組織化帯電現象に基づくkeV領域多価イオンビームのガイド効果が、Stolterfohtら27-40) やKanaiら35,36) によって報告されました。
 
 それとは別に、ガラスキャピラリーを用いてビーム径をマイクロ化およびナノサイズ化する方法が、運動エネルギーが数MeVの陽子線およびHeイオンビームの集束実験として発表されました41,42))。このガラスキャピラリーはテーパのついた1本の管であるので、上記のフォイルと区別してシングルキャピラリーと呼びます。
 
 そこで、絶縁体マルチキャピラリーフォイルによるガイド効果、そして、テーパのついたシングルキャピラリーの集束効果を取り入れた、"ガラスキャピラリーによる自己組織化帯電現象を利用したマイクロビーム生成法"が見出され、理研において実験的に示されました。すでに、理研製のガラスキャピラリーを用いた実験はCIMAP(旧 Ciril)でも進行中43)で、より多価のイオンを用いて通過特性などを測定しています。
 
 もちろん、絶縁体マルチキャピラリーフォイルを用いた研究も急速に進んでおりPET以外にSiO244,45)やAl2O346-49)での報告もあります。また、シミュレーションを使った研究も精力的になされています50-54)。最近の国際会議では "guiding" と "capillary" というキーワードで発表が増えてきており、自己組織化帯電現象の注目度の高さがうかがえます55)
 
 

   ) 

 ここではガラスキャピラリーを用いたkeV領域の多価イオンビーム集束を扱い、MeV領域ビームの集束は他の文献に譲るが、相違点をあげておくと、keV領域のビームでは通過してくるまでに数秒から数十秒の自己組織化形成時間が観測されていることに対し、MeV領域のビームではビーム入射とほぼ同時にビームの通過が観測される。また、キャピラリー軸方向がビーム軸方向とずれた場合、keV領域のビームではガイド効果がおこるが、MeV領域のビームではほとんど見られない。
 
 次節からは、マイクロビームやナノビーム生成ツールとして使えるシングルキャピラリーであるガラスキャピラリーについて私たちの実験結果を紹介します。
 
参考文献 15-55)

 

ガラスキャピラリーについて

 

作製方法   

 使用しているガラスキャピラリーの材質はborosilicateで、もともとのガラス管(外径2 mmφ、内径0.8 mmφ、長さ90 mm) の中心付近を加熱し、両端に張力をかけて切れるまで引き伸ばすことで作製しています。

 
 
組成  このborosilicateの組成は、SiO2: 80.9%、Al2O3: 2.3%、B2O3: 12.7%、Na2O: 4.0%、K2O: 0.04%などとなっており、比重は2.23で、石英ガラスと同程度です。この比重で、1μm厚程度以上のキャピラリー壁があれば、エネルギーがkeVから数十keVの多価イオンビームが内壁に斜めに入射してもガイドされずに 壁を貫通してしまうようなことはありません。
 
線膨張率  線膨張率は32×10-7/℃で、石英ガラスに次いで小さく、理化学器具には石英ガラスと並んでよく使用されますが、成形するための加熱法は石英ガラスよりも下記の理由で簡便です。
 
粘性  古くからガラスは加熱によって粘性を減らし成形されてきましたが、粘性において特徴的な現象の起こる温度として、歪点(borosilicateの場合、510℃)、徐冷点(560℃)、軟化点(821℃)、作業点(1252℃)などがあります。それぞれの温度の名称は粘性(単位はpoise = dyn・s/cm2 = 0.1Pa・s)に対応しており、順に、1014.5 poise、1013.5 poise、107.5 poise、103 〜 104 poiseとなっています。
 
軟化点  粘性で表してもなかなかピンときませんが、軟化点の別の表現として「径0.55〜0.75mmφ、長さ229mmのグラスファイバーを作り電気炉の中央に置き10℃/分で加熱して自重で伸びる長さが1mm/分に達したときの温度」56)とされています。ちなみに水飴は温度にもよりますが、105 〜 106 poise程度で、一方、1013 poiseを越える粘性では流動性のない固体ともいえます。
 
成形  ガラスにおいては一般に104 〜 108 poiseで成形・加工できますが、ガラスの種類によって加熱装置(加熱方法)を考慮する必要があります。主に医療や生物実験で用いられているマイクロインジェクション用の注射針や神経電位測定用の電極用針などの作製ツール(pullerと呼ばれる)が市販されていますが、軟化点が1500℃以上である石英ガラス用pullerはレーザーなどで加熱しているようです。また、軟化点の低い(600℃前後)鉛ガラスでは、加熱して引き伸ばすと加熱を止めてもいつまでも糸のように切れずにつながったままになることがあります。
 
制御  本研究ではborosilicateのガラス管を空気中に設置したコイル状のヒーター内に置くことで加熱していますが、テーパがついた部分の長さが5cm程度のものを要求する場合、(1)軟化点および(2)加熱後に空冷されていく速度、の2点で、borosilicateという材質がかなり適していると考えられます。ガラスキャピラリーのテーパ角はビーム通過特性を大きく左右すると考えられていますが、その制御には温度と張力が主要な条件です。
 
ナノサイズ化  一方、ビームのナノサイズ化という点では、この材質で、ビーム出射口内径が約100 nmφのキャピラリーも作製可能で、80 nmφの出射口も確認されています(右図)。また、ナノサイズではなく、ミクロンサイズの出口径を得るには光学顕微鏡の下で、先端付近の希望の内径になっている部分をつかみ、曲げるように引っ張ることで切断します。練習をつめばキャピラリー軸に対してかなり垂直に切断できるようになります。
参考文献

56)

長谷川保和:「魅惑のガラスノート(5.8 ガラスの粘性)」(内田老鶴圃, 1993, ISBN:4753651177), および、南努:「ガラスへの誘い(4.2 ガラスはなぜいろいろの形にすることができるか)」(産業図書, 1993, ISBN:4782835515).

 

keV領域多価イオンビームの通過実験:セットアップ

 

セットアップ     ガイド効果とナノビーム生成の実験は理化学研究所のビームラインにて行われています。多価イオン源はカプリスタイプの14.5GHz Electron Cyclotron Resonance (ECR) イオン源です。ガラスキャピラリーが収められた真空槽内のセットアップを下図に示します。ここで、真空度は約 4×10−5Paでした。  
 

 
 8keVに加速されたAr8+ビームは2 mmφのコリメーターを通過後、ガラスキャピラリーに入射され、ここでのビーム拡がりは、± 3.3 mrad以下です。長さが約 50 mm(下図(a))のガラスキャピラリーの入口は、外径2 mmφ、内径0.8 mmφ(図(b))で、出口付近の例(内径24μmφ)を図(c) に示します。
 

 
 キャピラリーから出射後、プロファイルモニターとしてMCPとWedge & Strip anodeを組み合わせたイオンの到着位置検出器(Position Sensitive Detector :PSD)が設置されており、キャピラリー出口とPSD の間にディフレクターを用意し、価数分布の測定に用いています。ガラスキャピラリーの入口は、セットアップ図のようにアルミフォイルで被われ、キャピラリー入口内径と同じ0.8 mmφの穴が空けられています。これは、入口側の帯電を防ぐためです。さらに、このアルミフォイルに外径6 mmφのツバをつけることで、ガラスキャピラリーの脇から直接イオンが下流のPSD に届くことを防いでいます。また、このフォイルは入口への入射電流をモニターすることにも使われています。
 
 このフォイル位置でのビームスポットの形状とキャピラリー入口の形状は既知であるので、フォイルでの電流値から、実際にキャピラリー入口に入射された電流がわかります。ここでフォイルでの電流値は、二次電子(約7e/Ar8+ ionと仮定57)が放出されたことを考慮し補正されています。
参考文献

57)

A. Arnau, F. Aumayr, P. M. Echenique, M. Grether, W. Heiland, J. Limburg, R. Morgenstern, P. Roncin, S. Schippers, R. Schuch, N. Stolterfoht, P. Varga, T. J. M. Zouros, and H. P. Winter, Surface Science Reports 27, 113 (1997). [html]
 

 

通過強度と収束効果

 

         このセットアップで8keVのAr8+ビーム(約0.2ピコアンペア)をキャピラリー入口に入射したときの通過イオンビーム強度の時間変化を下図に示します9)  
 

 
 この測定では出口径24μmφのキャピラリーを用いました。横軸はビームがキャピラリーに入射され始めた時刻をゼロとしており、縦軸はPSDでの1秒あたりのカウント数で、PSDの検出効率(50%)を考慮した値です。約1200秒以上連続して安定に通過していることがわかります。入射ビーム強度の揺らぎは10%以内でした。 (入射ビーム強度や出口径を変えた測定も行っています7)。)
 
 このときの通過イオン数の最大値は1600 cpsで、出口と入口の単位面積当たりの出射および入射イオン数を比較すると、入射密度に対して出射密度は約10倍(以下、Enhancement Factor (E.F.) = 10 と呼ぶ)となり、収束効果を有することが確認されました。
 
 また、時刻が約40秒の時、通過イオン数が最大になっていますが、この40秒間に自己組織化帯電現象によるキャピラリー内壁表面の電荷分布が形成されたと考えられます。そこで、出射イオンはキャピラリー内壁で反射されていることおよび内壁に触れていないことを確認するため次節の実験を行いました。
 

 

ガイド効果

 

         キャピラリー内壁でイオンが反射されるのであれば、キャピラリー入口を中心に水平または垂直にキャピラリー本体を少し回転させてもビームは通過すると考えられます。下図の枠内の左上に、キャピラリーを−5°(=−87 mrad) から+5°まで1°ステップで水平回転させた時のPSD上の通過ビームのプロファイルを示します。回転角度に応じて左から右へスポットの移動が確認されました9)。PSDの直径は約4cmφです。  
   

 
 上のグラフは横軸がキャピラリーを回転させた角度で、 縦軸はPSD上でのスポット位置を回転角度に変換したものです。 ビーム拡がりが± 約3mrad、キャピラリー自身の幾何学的な角度の許容範囲である± 0.5°(= ± 約8mrad) を考慮すると、 y = xの直線に沿っているということは、キャピラリー内壁での反射によってビームの進行方向が曲げられ、 キャピラリーの軸の方向に出射していることを示しています。
 

 

荷電変換

 

         下図(a)はガラスキャピラリーの下流に置かれたディフレクターに電圧が印加されていない時の2次元像で、図(b)は印加した時の像です。また、図(c)はそれらを水平軸に対して射影した図で、Arのゼロ価から8価までの対応する位置をスケールで示しています9)  
 

 
 上の図からは8価以外のピークは見られず、全価数に相当する領域(図(b))に到着したイオンのうち、8価以外に相当する位置に到着したイオンの数はバックグラウンドも含め1%以下でした。仮に、キャピラリー内での反射の際に、内壁に触れてしまったとすると、このエネルギーのAr8+イオンではそこで壁から電子を奪い取り(荷電変換が起こり)、より低い価数に変化してしまうはずです。入射したAr8+の価数が変わらなかったことから、通過してきたAr8+ビームはキャピラリー内壁には接触していないと考えられます。
 

 

ナノビーム生成

 

         ここまでは出口径24μmのキャピラリーでの報告でしたが、1μmφ以下のビーム径、つまりナノビーム生成を実現するために、キャピラリー出口内径を900 nmφにして通過実験を行いました(Ar8+、64 keV)。下図(a)にPSD上でのビーム形状、図(b,c)にそれぞれ垂直方向、水平方向に射影したピークを示します10)  
 

 
 ピーク幅は垂直方向で0.3 mm(FWHM)角度拡がりでは±2 mradで、水平方向では、0.4 mmおよび±3 mradでした。また、上図(d)はキャピラリー先端の光学顕微鏡写真です。64 keVのエネルギーでも、ビームはキャピラリー出口以外から出射することはできないので、出口径とほぼ同サイズのナノビームが実現していると考えられます。
 
 このキャピラリー出口は光学顕微鏡を使用して作製されましたが、約900 nmφというと光学顕微鏡観察の限界に近くなっています。私たちはこれより小さな任意の大きさの出口径の作製および観察のために集束イオンビーム(FIB)装置による微細加工を行っています。
 

 
 上図(a)はこの方法によって作製された内径約500 nmφの出口の写真です。FIB加工では40kVで加速されたGa+ビームを約20 nmφに集束させたものを用いました。Ga+ビームによってキャピラリーが帯電することを考慮して、キャピラリーの太さに応じ、Ga+ビームのスキャン方向、向き、インターレースおよび強度を調整すれば、図(b)のように任意の形状が実現できます10)
 

 

おわりに

 

          ナノビーム(マイクロビームも含めて)を利用するには、どこに照射されるかが、前もってわかっていることが重要です。キャピラリー出口、すなわちビーム出射口位置が容易に確認できるというのは大きなメリットであると考えています。また、サンプルターゲットをキャピラリー出口直後に設置する必要がありますが、サンプル付近に電場も磁場も不要であるというのも利点のひとつです。さらに、1〜2°程度のガイド(本研究では最大5°)ができることも特長で、実際、サンプルターゲットを移動させるよりは、ナノビームを移動させたほうが都合がよい場合もあります。  
 
 この研究をとおしてガラスキャピラリーを用いたナノビームの生成法を確立していくだけでなく、荷電粒子と絶縁体表面との相互作用に対する知見を深めていくことも私たちの研究の大きなテーマのひとつです。
 
 本研究は、理化学研究所 基礎科学研究“エキゾティック量子ビーム研究”および理化学研究所2008年研究奨励ファンド、また、文部科学省科学研究費補助金(2005年-No.17654079, 2008年-No.20510119)の援助も受けて行われました。
 
 

 

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理化学研究所 基幹研究所 山崎原子物理研究室 

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理化学研究所 山崎原子物理研究室

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 Modified, 6/Feb/2013 by
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